ふるふる図書館


第三章



 王子さまは、広い暗い大きな森に、ひとり取り残されました。
 肩をすくめて、まわりをながめました。
 お城に帰るつもりは、とうぶんありません。みなには伏せてありますが、自分は血のつながった王さまの子ではないのです。王位を継承できるかどうかもわかりませんから、未練もありませんでした。
 森の中でいつまでもうろうろしていてもしかたがないので、とりあえず王子さまは奥の方へと進んでいきました。
 どんな猛獣が出てこようとも、常人をはるかにしのぐ強さゆえ、素手で一発でぶちのめす自信はありますが、さすがに野宿はごめんこうむりたいところでした。
 木の枝が、王子さまの顔にあたります。王子さまの体についた傷は、たちどころに癒えます。鏡が太鼓判を押すほどの美貌がそこなわれることなど、一度たりとてありません。
 さきのおきさきさまは、王子さまの体をずいぶんじょうぶにこしらえたものです。
 都合よく、夕方になるころに、一軒の小さな人家を発見しました。
 疲れを取ろうと思って、その中に入りました。家の中にあるものは、なんでもみんな小さいものばかり。立派で、清潔な調度類でした。なんといっても贅沢三昧の王宮育ちですから、審美眼は確かでした。
 部屋の真ん中に、白いクロスをかけたテーブルがありました。その上には七つの小さなお皿があり、一つ一つには、それぞれ、さじ、ナイフ、フォーク、小さな杯がそえてありました。
 壁際のところには、七つの小さな寝台がならんでいました。みんな雪のように白い麻の敷布がしわひとつなく敷いてありました。
 王子さまはたいへんおなかがすいて、おまけにのども渇いていましたが、この住人たちはどんな人物なのかを慎重に推察しました。
 問答無用で通報されては元も子もありませんし、変質者の巣窟だったら厄介です。隠れ家に最適かどうか、念入りに検分する必要がありました。
 住居の規模や食器類から判断して、住人は体格が大きくはないようです。七人も住んでいるにしても、身の危険が及んだときには王子さまひとりでなんとか対処できると思われました。
 きちんと夕食のしたくまでしてあるところを見ると、規則正しい生活を営んでいるようです。常識のある善良な住人なのではないでしょうか。
 そこまで考えるとやや安心しました。
 一つ一つのお皿から、少しずつ野菜のスープを失敬し、パンを勝手にもらい、一つ一つの杯から一滴ずつ葡萄酒を飲みました。
 一つのところのものをみんな食べてしまうのは、すぐにばれて怒りを招くと判断したからでした。
 それが済んでしまうと、眠くなりました。まだ子どもなのです。ふだんならもう寝る時間でした。
 一つの寝床に入ってみました。けれども、うまいぐあいに体に合いませんでした。どれもこれも長すぎたり、短すぎたりしましたが、いちばんおしまいの、七番目の寝床がちょうどぴったりでした。
 そこで、そのままぐっすり眠りこんでしまいました。
 日が暮れて、あたりが真っ暗になったときに、この小さな家の主人たちが帰ってきました。
 その主人たちというのは、七人の小人です。この小人たちは、毎日山の中に入り、金や銀の入った石を探して、よりわけたり、掘り出したりするのが仕事でした。
 小人たちは、めいめいの七つのランプに火をつけました。
 家の中がぱっと明るくなりますと、誰かが中にいることがわかりました。それは、小人たちが家を出たときのように、いろいろなものがちゃんと置いてなかったからでした。
 七人も同居しているむさくるしい男所帯の割に、彼らは潔癖すぎるほどのきれい好きだったのです。
 一人目が、まず口をひらいて言いました。
「誰か、ぼくの椅子に腰をかけた者があるぞ」
 すると、二人目が言いました。
「誰か、ぼくのお皿のものを少し食べた者があるぞ」
 三人目が言いました。
「誰か、ぼくのパンをちぎった者があるぞ」
 四人目が言いました。
「誰か、ぼくの野菜を食べた者があるぞ」
 五人目が言いました。
「誰か、ぼくのフォークを使った者があるぞ」
 六人目が言いました。
「誰か、ぼくのナイフで切った者があるぞ」
 七人目が言いました。
「誰か、ぼくの杯で飲んだ者があるぞ」
 小人たちは、いちいち非常に細かく指摘しました。空き巣に入られたのではと危惧するのならともかく。どこかずれています。そらおそろしいほどの観察眼と几帳面ぶりです。
 一人目がほうぼうを見回しますと、自分の寝床がくぼんでいるのを発見しました。
「誰が、ぼくの寝床に入りこんだのだ」
 すると、ほかの小人たちも寝床へ駆けつけてきて、騒ぎ出しました。
「ぼくの寝床にも、誰かが寝たぞ」
 七番目の小人は、自分の寝床へ行ってみると、その中に眠っている白雪王子を見つけました。みんなを呼びますと、駆け寄ってきた小人たちはびっくりして声を立てながら七つのランプを持ってきて王子を照らしました。
「おやおやまあまあ、この子はなんてきれいなんだろう」
 小人たちは大よろこびで叫びました。尋常でないはしゃぎようで、うっとりと見とれています。
 無理もありません。こんなへんぴな場所で年がら年中生活しているのですから。顔を合わせるのは男ばかり。たまに町に行って女性とおつきあいしようにも敬遠されがちで、見てくれとあまりの潔癖さとにおそれをなして、みんなすぐさま逃げてしまうのですから。
 垢抜けてきれいな人間に、間近にお目にかかるなんて、めったにないことなのでした。おまけに、国中でいちばん美しいとお墨つきをもらっている子どもです。絶代の美貌の持ち主が、目前で無防備に眠りこけているのです。小人たちがめろめろにならないわけがありません。
 王子を起こさず、そっとしておき、仔細もらさず思うさま眺めました。
 七番目の小人は、一時間ずつ仲間の寝床に寝るようにして、その夜を明かしました。不便ですが、もちろん不服などありません。自分の寝床に残った移り香をあとでゆっくり楽しもうと、胸おどらせていたくらいでした。

20050626
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP