ふるふる図書館


第二章 西宮悠希 1



 まただよ。いったい何人めだろう。数えるのもおっくうだ。
 何回されても慣れない。うれしさなんてかけらもない。本当、誰かに代わってほしい。
 告白をされるのなんてさ。
「ありがとう。でも、気持ちにこたえられない。せっかくだけど」
 まつげを伏せ、さも申し訳なさげにうつむくと、相手があきらめきれないようすで問いただす。
「誰か、ほかに好きな人でも?」
 往生際が悪いぞ。すでに何度も態度で示しているだろうが。マゾかこいつ。それとも、自分のいいように拡大解釈するのが得意技の妄想ドリーマーか。一度手ひどくふってやらんとわからんようだな貴様。
 などという内面の悪態はひたぶる押し隠し、質問に応じるように、唇をかんでみせた。
「ごめん」
 もう一度、ぺこりと殊勝に頭をさげた。こういった手合いは、逆上させてはいけない。
 それにしても、ほかに好きな人がいるから自分の気持ちにこたえてくれないというのは、なんて陳腐な発想なんだ。うぬぼれるのも大概にしろと言ってやりたい。そんな発想しているようだからつきあう気になどなれんのだ。お前のことを恋愛対象として見られないからだよ、とはっきりすっぱり言ってやれたら、どんなに胸がすかっとするだろうか。溜飲が下がるだろうか。
 ああ、いかんいかん。一般にはそんなキャラだとみなされてないんだっけ。うう、日ごろのおのが外づらのよさが恨めしい。温和で沈着という世間さまがかってに背負わせた金看板のかげで、鬱憤がたまりまくりだよ。
 心ここにあらずな態度を、相手は誤解したらしい。よほど悩ましげに見えたのか。そりゃあなんとも好都合な。
「わかったよ」
 よしよし。おつむの悪い君でもようやくわかってくれたか。不毛な時間を終えてやっと帰れるよ。などという安堵の気持ちは、もちろんおくびにも出さない。
 と。せっかく相手がひきさがってくれたのに、ここで第三者がよけいな口をはさんできちまった。
「かわいそうじゃん。こいついいやつだよ。どこがだめなんだよ。つきあってやればいいじゃないか」
 非難がましい口ぶりは、相手の友人だ。初対面だし名前も知らないのに、そんなことを言われる筋合いはないと思うんだけども!
 そう。放課後になって呼び出された場所に来てみると、隣のクラスの生徒がふたり、仲よく待ち構えていたっていうわけだ。
 あー。うっとうしい。意中の人間に告白するのに、なんで友人ご同伴なんだよ。それに、なんだってこっちが悪者扱いされなきゃならないんだ? だんだんむかむかしてくる。
 英語のノートにいつの間にか手紙がはさんであって、広げたら体育館倉庫の裏に来てくれっていう内容で。そのときからいやな予感がしていた。絶対あれだ、間違いないと。
 すっぽかしてやりゃよかった。そうすれば、こうして窮地に追いこまれずにすんだのに。ああ、なんて律儀さんなんだ、我ながら。恋は追いかける方が負けだなんて誰が言ったんだ。この状況を見るがいい、断固訂正を要求してやる。
 へたに断ればこっちが悪人扱いされるのが関の山。告白する方がどんなにか気が楽だろうよ、まったく。そこんとこ、わかってんのかね。
 どうすれば打開できるんだ。いったいどうすれば。
 不意に頭がぐらぐらしてきて、顔が熱くなった。目がうるんで、視界がにじんだ。
 げ、と思ったときにはすでに、涙がこぼれていた。頬を伝う熱い感触で、初めてそうとわかった。
 何だよこれ、何なんだよ!
 内心おおいにあわてたが、もっと泡を食ったのは二人組のほうだろう。
「どうしたんだよ。泣くなよ」
 失礼千万なことを言うな。泣いてるもんか。これは生理現象だろうが。反射的に顔を上げて、涙を拭いもせずに二人をきつく見据えた。二人が、あからさまにたじろぎ、へどもどした。
「ごめん。こっちが悪かったからさ」
 くそう。不本意さに歯ぎしりしたくなった。
 これじゃまるで、うぶで純情可憐な少女みたいじゃないか。涙を武器にしているみたいじゃないか。なんでこうなるんだ。

 名は体を表す、というが逆だと思う。ひとつの名で呼ばれ続けているうちに、ある性格ができあがっていくものではなかろうか。
 西宮悠希(にしみやゆうき)という、男女どっちつかずな名前に、外見もあいまって、幼少時から男の子に間違えられてばかりだった。だが戸籍上は動かしようもなく女。
 つけくわえると、昔から実年齢より下に見られることが多い。
 初対面の人に会う楽しみは、僕の性別と年齢を正しく見抜けるかということにつきる。
「えっ、女の子だったの?」
「えっ、もうそんなに大きかったの?」
 相手がすまなそうな、ばつの悪そうな顔をするのは慣れているから、冷静に観察する余裕がある。この落ち着きと、ちっとやそっとでは怒りをあらわにしない人格は、こうして陶冶されるに至ったのだ。
 しかしね、女の子を男の子に見間違えるのは、そんなに罪悪なのか。一様にすまなそうな表情で謝ってくるのだ。別に、容姿の美醜なんかどうだっていいのにな。負け惜しみだと言われそうだから黙っておくけども。

 男の子はきらいだった。
 乱暴で下品できたならしくて、口をひらけば○んこだの×んこだの△んこばかり言うし、不器用だし、字は下手くそだし、友だちどうしでも上下関係をつけたがるし、すぐに力でものごとを解決しようとしたがるし、勝負したがるし、勝ちたがる。少なくとも、まわりの男の子は、だいたいそうだった。
 女の子は苦手だった。
 群れたがり、大勢でトイレに行きたがり、ささいな用事をいちいち手紙に書いて渡してきて、返事を書きあぐねていると怒ったりすねたりする。異端者を見つけて排除することに関して徹底していたから、僕はまさに格好の標的だった。
 仲間はずれにされて、教室でひとりぽつんとしていると、同級生の男子が声をかけてきて、それがまた女子の間での人気者だったりすると、嫉妬した女子の風当たりが、ますます厳しくなるという悪循環にはまりこむって寸法だ。
 なぜか、妙に男子に好かれる。理由はわからない。教えてほしいくらいだ、それとまるきり逆のことをやってやるから。ましてや周囲の女子には不可解なことこのうえなかったにちがいない。
 容姿がとりたてて美しいわけでも可愛らしいわけでもなく、髪はうっとうしいからといってばっさり短くしていて、流行などにもまったく無縁な僕がもてるのでは、女の子としての自分の魅力を最大限ひきだそうと、日々努力している者の立つ瀬がないというものだろうな。
 しかし、自分がちやほやされているとは思えない。媚びたり恥らったりしないせいで、男子が妙に異性を意識することなく気軽に話しかけやすいだけだろう。そんなにうらやまれるようなおぼえはとんとないのだ。
 活発であったり姐御肌であったりすれば、これほどまでに同性に白眼視されなくてすんだのかもしれないが、あいにく僕はそうではない。中学生のときには、女子コミュニティーから無情なまでにきっちり締め出しを食らった。
 自分が女だというアイデンティティーが希薄だということを周囲が認めれば、また事情もちがっていたのだろう。だが、男っぽさを表現しようとすれば、ぞんざいな言葉づかいや、がさつなしぐさ、腕っぷしや気の強さといったものを前面に押し出さなくてはならない。
 性質や好みとかけ離れていたため、実行に至らなかった。まったく、そんな品がくだるようなことができるか。男になんかなりたいとも思わんし、男と同じふるまいをしようなんてまっぴらだ。
 男子コミュニティーにも女子コミュニティーにも身を置かず、それらに属している者たちを冷静に眺めることで、小学校から高校に至るまでの学校生活をどうにかやりすごしている。さすがに高校生ともなると、クラスメイトに仲間はずれにされることは少なくなってはきた。クラスみんなで仲よくイベント、というものが減るので、僕が極力男子に接触しないせいだろう。よけいな摩擦や軋轢を回避するためとはいえ、他人の都合で交流を制限されるのはどうにも納得できないけども。
 性の区別なく、いいと思う人とは近づきたいし、つきあいたいのに。いや、男子の方が友だちづきあいしやすい。ずばっと本音が吐けるから。
 毒はむろん、相手が気分を害さない程度にうすめてからだ。とびきり笑顔でとびきり辛辣なことを言ってやるのだ。まあ、こちらが女だということで、本気で怒ったりしないんだろうけどな。それはそれで、見下されているようだが、いちいち気にとめては精神がもたないので目をつぶることにする。
 振り返れば、今までの卒業式はいつでも、涙を流す女子たちにまじって、ひとりさめていたっけな。自分でも可愛げがないけど、誰かに可愛く思ってもらうさしせまった必要などまるきり感じないからよしとしよう。可愛い、なんて、自分が優越感を相手に持っていないと抱けない感情だ。そんじょそこらの凡人に、そんなふうに思われるなんぞまっぴらごめんだ。
 卒業はかなしいわけがない。女友だちが好きな男子の部活帰りを待ち伏せするのに、何時間もつきあわされることもなくなるので、かえってほっとしていたくらいだ。
 片思いの男子の姿をほんのひと目見るためだけに、何時間も無為な時間を費やすことなど、理解不能だ。恋愛に、なにゆえそんなに情熱を傾けられるのか。少しもうらやましさなど沸いてこなかった。
 待つならひとりでやってくれよとはとても言えなかった、小心者な僕。つきあわされた数時間を、読書にでもあてれば有益だっただろうに。
 結局のところ僕は、片思いの相手と思うように話せない内気な女友だちのだしに使われているだけだ。男子を前にしてもものおじしないし、会話がとぎれて気まずい思いをせずにすむ、という面で重宝されていた。
 つまり利用されているということだ。
 心の底から面倒な、学校生活だ。ばかばかしいったらない。勘弁してほしいよ、いろいろ。早くこの牢獄から、出してほしい。

 私は、読んでいた高校生のときの日記帳をぱたんと閉じた。
 今はもう、大学生だ。やっとこさ牢獄から脱出できたのだ、そう思っていた。

20050724
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