ふるふる図書館


第25話  ドラスティック・チェンジ drastic change 2



 別にイケズをしたかったわけじゃない。常にまとっている、ゆるくてしまりないだらしない雰囲気と裏腹に、木下さんの手はとてもきれいで、感触を確かめてみたかっただけ。器用な指先とか、きちんと形を整えられたつるつるの爪とか、滑らかな関節とか、少し浮き出た骨とか、くねって走る血管とか、手のひらのしわとか。
 こんなにねちねち(?)じれじれ(??)触るつもりはなかったんだけど。木下さんのリアクションが、想定外すぎた。すぐに余裕たっぷりに主導権を取り返してくると踏んでいたのに。
「こそばゆ、いって……。おま、なん、か、いつもとキャラ、ちが……」
「お互いさまです。木下さん、そんな可愛い人でした?」
 飄々として余裕しゃくしゃくでマイペースで。物おじしなくて、頭の回転が速いくせにのんびりしてて。俺がよく知っているのはそんな人。目のあたりにしている木下さんはまったくの別人だ。
「じゃあ、いつも通りじゃない、俺で、お前は、いいわけ……? 引かない……?」
「引かないって何度言えばいいんですか。木下さんにそーゆー面もあったんだなって俺がニヤニヤするだけです」
「ううう。や、もう、お前と、シフト、かぶんないように、する……」
「この状況で仕事のこと考えられるなんて余裕ありますね」
「社畜、なめんな……」
「そういう顔、俺しか知らなければいいんです。俺だけにしか見せないんでしょ? 仕事になったらモードチェンジするでしょ? 自称社畜ですもんね」
「な、まいき……。お前、そんな、悪い子、だった……?」
「アンタがいつも、俺のこと翻弄するから。俺もたまにはアンタを翻弄してみたいんです」
「お前のほうが、俺のこと、翻弄、してる……いつも」
「なんでそんな嘘つくんですか」
 木下さんが眉根を寄せて首を振って、嘘じゃない、と否定する。逆襲が怖いので、あまりしつこくするのはやめることにした。
 木下さんの手のひらに、自分の手のひらをつけた。そのまま、指を絡める。これってなんていうんだっけ。貝殻つなぎ?
 木下さんのお見舞いに行ったときにこれやられたけど、今のほうがなぜかドキドキがすさまじい。ついでに、もう片方の手も同じようにした。
 涙ぐんだ目と赤いほっぺたをしてちょっと息を切らした木下さんが俺を見る。あ、そんな切なそうな顔すんなって。里美さん役をしてくれたときの木下さんの異様なキュートさを思い出した。まさかこれも演技じゃないだろうな。そっと親指を滑らせて、木下さんの手首をさすった。
「心臓は嘘をつけない、ですよね。木下さんの脈、すっごいことになってる」
「むうー。なに笑ってんの。大人をからかって」
「だって、」
 嬉しい。ほっとした。安心した。俺ばかりが馬鹿みたいに心臓バクバクさせてるわけじゃなかったから。同じだってわかったから。
 むすりとしながらも、俺の言葉の続きを待っている木下さん。そうだ、いつでもこの人は口下手で言葉数の少ない俺が最後まで話すのをちゃんと聞こうとしてくれてた。
「だって、」
 両手をおとなしく俺に拘束され、俺の手に指を絡めて動けない木下さん。俺のことを縛りたくないって思ってるはずなのに、馬鹿で七こも年下でお子ちゃまな俺が縛るのを受け入れてくれてる。
 俺の口から、用意してなかった答えが勝手にぽろんところがり落ちた。吐息のように、自然に。
「すきです」
 虚を突かれたのか、飴色の瞳がまるくなる。
「好きです。……俊介さん」
 つかまえている指がほんのわずか、震えた。小さな声が応じる。
「好きだよ。公葵」
 低くて、柔らかくて、甘くて、鼓膜をそっとやさしくゆさぶる。そんな声が出せるなんて、その声でそんなことを言うなんて、ずるい。伝家の宝刀かよ。チートすぎだろ。俺のいろいろがごっそり根こそぎ持っていかれる。
 その声がこぼれるもとをじっと見つめているうち、俺の頭部はこれまたナチュラルにそこに近づいていった。

20150826
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