ふるふる図書館


第25話  ドラスティック・チェンジ drastic change 1



「もー。だめだぞっ。ぷんぷん!」
 オノマトペまでご丁寧に声に出し、腕組みをしてぷっとほっぺたを膨らませて上目づかいに俺を見る。いつもと同じおどけた態度。二十代後半男性がこれをやって、可愛いと思えるかキモさしか感じないか、俺の心が試されてる気がする。踏み絵か。
「すみません。ほんとはうろたえてました。超ド級の爆弾発言されたもんで」
「あららら。そいつは失礼した」
 木下さんのへらっとした雰囲気が、やっぱり一瞬だけかげったような。
 だーかーら。俺はアンタにドン引きしないってさっきから言ってんだろうが。リモコンのボタンを押してテレビを消す。
「俺も……きっと同じです」
「へっ?」
「誰かに対して、こんな気持ちになったの。誰かのこと気になってしょうがないの。木下さんが初めてです。だから……木下さんと同じです」
「……でもサトミちゃんがいるだろ」
「言われましたよ里美さんに。『ずっと木下さんのことばかり話してる』って。わかりました。俺、木下さんでいっぱいだったんですね」
 あー。言ってしまった。ここまで明かすつもりなかったのに。でも、不安そうで儚そうな顔するから。それをいつものへらへらふわふわした明るくて軽い空気をまとってひた隠しにしようとがんばってるから。告げずにいられなくなったじゃないか。
 そろ、と木下さんの隣ににじり寄った。木下さんは、俺をちらりと見て、ふっと視線を逃がす。俺はそんな木下さんをじっと見た。
「たぶん、本物です」
「なにが」
「こうしていても、えっちなこと思いつかない。えろいことしようとか思わない。だから、えっとその、色欲? 劣情……? を木下さんへの気持ちと勘ちがいしているわけじゃないです」
 木下さんはまた俺を横目で窺い、うつむいて「そうか」とこくんとうなずいた。
「互いの想いをちゃんと確かめないで先走って、いろいろやらかしたりなんて、しなければよかったな」
「仕切り直して、また再スタートすればいいです」
 ちゃぶ台の上に載っている木下さんの手の甲に、そっと自分の手を伸ばした。静かに人さし指の先で触れる。ほんのわずかな接触で、木下さんがぴくりと身じろぎした。肌を透かして見えている静脈を、爪でやさしくひっかくようにゆっくりゆっくり指でたどった。じれったいくらいに、もどかしいくらいに時間をかけて。
「ちょ、なに、その触り方」
 くすぐったいのか涙目になっている。耳も赤いし、ほんの少し呼吸が浅い。
「チャラにしたいなら、木下さんにされた分をお返ししないと、って前に言いましたよね? でも、ちがうアプローチで仕返ししてみようかな、って思って」
「うう」
 唇を噛んでうなる。俺の言葉で反撃できなくなったのか、自分から手出ししないという宣言を律儀に守っているのか。ついついつけこみたくなるじゃん、そんな健気さに。俺だっていつまでもやられっぱなしじゃないんだぞ。

20150826
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