ふるふる図書館


第24話  クーリング・オフ・ピリオド cooling-off period 2



 今日はお前は俺にもてなされるのが仕事だからなにもすんなよ、と釘をさされたものの、自炊をしない木下さんなので、夕食は自然に外食になった。
「俺が運転できれば、木下さんお酒飲めるのに」
 そう言ったら「いいのいいの、お前は俺の助手席に乗ってりゃいいの」とゆるく笑う。このあと家で飲んでもいいんじゃないですか、と提案してみたら、「うーん? お申し出はありがたいけど、ひとりで飲むのもなー」と謝絶した。
「俺もお相伴しますよ? 少しでよければ」
「だーめ。お前酔うとタチ悪いから」
「ええっ。そんなに酒癖悪いですか」
「俺を殺せるレベルかな?」
 剣呑きわまることをすこぶる愉快そうに口にする。自分がそんな凶暴だったなんて、けっこう、ショック。

 遠慮無用だ手ぶらで来いと誘われていたが、実はこっそり、ゴーヤの佃煮を作ってタッパーに詰めたのを持ってきていた。前に約束してたやつだ。これまたこっそりと木下家の冷蔵庫に、メモをつけてしまっておく。ほかに、パジャマがわりのTシャツとハーフパンツは持参していた。
「えー。俺の使っていいのに」
「大丈夫ですよ自分のあります」
「じゃあ俺がそっち着る」
「なんですかそれ」
「ん。彼シャツ☆」
 ぶっ! と麦茶を吹きそうになった。
「あ。知ってんだこの単語」
 それくらいは知ってるけど! やっぱり俺たちってそういう関係なのか? それともいつもの冗談か? どちらでYESと言われても、はぐらかされても地雷な気がして俺はそわそわおろおろ狼狽を隠そうとした。木下さんはケラケラ笑って、「シャワー使って来な」とけろりとすすめる。取って食いやしないから、と念を押されて、俺はこわごわバスルームへ向かった。バスルームも初だ。よけいなことを考えない、考えない。心頭滅却すれば馬の耳に念仏、犬が西向きゃ尾は東。かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ。
 心のなかで唱える呪文も支離滅裂。奇妙奇天烈、摩訶不思議、奇想天外、四捨五入。頭のなかもほんわかぱっぱになりそうだ。

 拒否して揉めるのもばかばかしいので、木下さんの年季の入ったTシャツを湯あがりに身につける。木下さんは俺にずっと触ってないのに、木下さんの衣類は俺に遠慮会釈もなく上半身をくまなく触っているなんて考えたら変な気分だ。……って、コラ! おかしいだろその発想。ああもうだから、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこだってば!
 つけっぱなしになっていたテレビでなんとなくバラエティ番組を見ていると、入れ替わりに、木下さんがシャワーを済ませて戻った。俺の着替えをほんとに着てる。マジか……。正視に耐えんわ。俺はふいと視線をテレビに逸らして、「あと三年で地デジなんですねえ、テレビ買い替えなきゃですね」なんて関係のない話題で場をつなごうとする。
「買い替えなきゃって、お前ひとり暮らしすんの?」
「どうかなあ。全然想像つかないです」
 二十三歳かあ。俺はバイトを辞めて社会人になってるな。木下さんは三十歳になっても、たぶんちっとも変わらない気がする。そのころ、俺は木下さんとまだこんなふうに楽しく会話したりしてんだろうか。たわいもないこと言ってはしゃいで笑い転げて、そんな関係を続けていられるんだろうか。今のままがいい。今のままでいい。
 木下さんもそう思ってるんだろうか。それとも、一歩も二歩も押し進めた、大人の関係を築きたいと考えてるんだろうか。俺がガキで七こも下で職場のバイトで部下だから踏みとどまってるのだろうか。
 ちゃぶ台を前に座る俺の向かいに腰を下ろして、ほおづえをついて俺の横顔を眺める木下さん。隣に来ないのは配慮か。
 髪をくしゃくしゃされたり頭をぽんぽんされたり、は心地いい。ほっぺたむにむに、も、おでこつんつん、も、まあ、いい。でも、それ以外は、ていうかそれ以上は……。
 だから俺からはなにも言えねえ(北島康介ではない)。あのなぞなぞの答えを、なぞなぞの答えとしてではなく言うことなんて、できない。

20150815
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