ふるふる図書館


第21話 ストレイ・ライト stray light 3



「けっこう大きくなりましたよ」
 俺は別の話題を探して、本棚の上に転がしておいたエアプランツを手に取り、また木下さんの横に座った。二年前にもらった誕生日プレゼント。花はまだ咲かないものの、枯れることもなくつつがなく元気に生長しているのだ。
「へー。大事に育ててくれてるんだな」
「ふっふっふ。その逆ですよ。手間ひまかけすぎないほうがうまくいくんです。ちょこっと放置くらいがちょうどいいんです」
「なるほどねえ。そうゆうの、お前に向いてそうだなあ」
「俺にですか? そのこころは?」
「いじられキャラの割に、べたべたしたり馴れ合ったりしなさそう」
 それはぼっちで淡白ってことだろうか。遠まわしにディスられてんのかな。
「お互いさまじゃないですか。木下さんはうざキャラの割に、仕事となったらぴしっと線引きするでしょ?」
「うざキャラ言うな」
 ほっぺたをげんこつで軽くぐりぐりされて、てへへと笑ってしまう。
「ねーねー俺がうざいの? ほんとのこと教えて教えて。どーうなのよーう? ジョーダンじゃなーいわよーう!」
「それがうざい」
「ONE PIECE」のボン・クレーの真似まで始めた木下さんに、俺はげらげら腹を抱えた。
「そーかそーか。極度の遠慮しいだったお前が、今やそんな口をきけるようになったか。木下さん感動した」
「なんですかそのツボ」
 ささやかな草の話だったのに、予想外の内容に膨らんでいくことが楽しい。膨らませてくれる木下さんが楽しい。笑いすぎて、俺はベッドに伏せてしまった。肌ざわりのいいシーツがほっぺたに当たる。ああ、気持ちいい。このまま寝ちゃいたい。目を閉じると、光がまぶたの裏でくるくる踊った。あ、俺、疲れてたのかも。今日の仕事と縁日と花火の光景が点滅して、頭の中がとろとろする。
「あらら、無防備。危機感なさすぎ」
「え、なにがですか……」
「さあね? 公葵、もう寝たい?」
「寝ま……せん。客人を置いて寝ることあたわず」
「じゃあ俺も寝る。一緒に寝よ」
「日本語的に正しいけどその言い方おかしい……。や、大丈夫です起きます。なにか話してください。それか、あれだ、絵はがきのなぞなぞの答え合わせしましょうよ」
 目をこすりこすり、俺は態勢を立て直した。エアプランツはベッドサイドテーブルに安置する。
「お? 答えわかったのか?」
「わかりません。あぶり出しですか? ブラックライト当てると答えが浮き出てくるとか。二枚重ねになってて剥がすとメモが出てくるとか」
「ずいぶんハードル上げるねえ。そんな凝ったしかけはないよ。出張先の異国の地でそこまで用意周到になれないぞ。正解がわかったら、なーんだってしらけるくらいシンプルですよ」
 俺は机の上から絵はがきを取ってきて、またベッドに座り、まじまじ見た。ヒントは裏か表か聞くと、写真じゃないほうだそうだ。だったら、あやしいのは木下さんのメッセージなのかな。
 横書きなので水平に動いていた視線が、ふと垂直に滑った。そのとたん俺の背筋がぎくりとこわばる。
「ありがとう見送り(´ε` )今日も
 いつもどおり
 しごとがんばってるんだろうな。
 て、思ってこっちもなんとかやってるよん。
 留守中のこと、あとで教えてちょ。」
 ……いわゆる縦読みってやつじゃないか。え、いや偶然だろ? ていうかなぞなぞになってねーよ。
「もし答えがわかったら、それでお前が受け入れられるんだったら、答えを言って」
 はあ? 俺から告るみたいな流れ?
「俺が、ですか? まちがえたらこれめっちゃ恥ずかしいやつじゃないですか?」
「じゃあ正解だと思う。だけど言いたくなければいいよ、答えがわからないってそう言えば問題ない」
「木下さんは言わないんですか?」
 卑怯じゃないですかという不満を言外にこめた。
「俺は、上司だから。俺から先陣きったらパワハラじゃん。お前は誰かに逆らえない子だから余計にさ」
 膝に落とした木下さんの蜂蜜色の瞳の光が、少し揺れているように見えた。のは一瞬だけで、すぐさまへらっと笑う。
「お前がどう答えても、お前が明日からも元気に楽しく仕事ができるようにすることにはかわりないから、大船に乗った気持ちでいなさい」
 俺がほだされないようにという気づかいのつもりだろうか。
「木下さん」
 俺の声に応じて、木下さんが顔を上げてこちらを見る。その目をレンズごしにじっと見つめて俺は言った。
「答えが、わかりません」
 その刹那、いつも生気に満ちてるはずの淡色の瞳がふっと陰った。笑みが硬く不自然になった気がする。
 ほら悲しむんじゃん、傷つくんじゃん、ただの強がりじゃん、やせ我慢じゃん。アンタこそ明日からも元気に楽しく仕事ができるはずないんじゃん!
「……なんてね、」
 ちょ、待て待ていいのか俺。まだここでなら引き返せる。心底望んでいた平穏な人生を手放すのが関の山ってわかってんのか。
「嘘です」
 首まで熱くなる。心臓が不整脈を打ち、のどがからからになる。たった今、相手の目を直視してしれっと嘘がつけたのに、本当のことを告げようとするとこんなに緊張するなんて。視線を下げ、水気を含んだ髪を何度かかきあげて、でもただの五文字がなかなか口から出てこない。
 のどを鳴らしてつばを飲みこみ、乾いた唇を舐め、浅い吐息まじりに、なんとか答えを体外に押し出した。

20150801
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