ふるふる図書館


第21話 ストレイ・ライト stray light 1



「あー終わっちゃったかあ。いやあ堪能したわー」
 木下さんがうーんと伸びをする。大きな打ち上げ花火を間近で見られた感動と、光と音の迫力に俺はぼーっと余韻に浸っていた。
「さって、そろそろ帰るか。家まで送るよ」
 言われてはっと我に返った。帰宅する人たちのざわめきが耳に届き始める中、急いで腕時計に視線を落とし、暗い文字盤に目をこらす。俺の動きにつれてぶらぶら揺れる水風船、この陽気さと能天気さは木下さんみたいだ。
「え、もうこんな時間じゃないですか。すみません」
「謝ることじゃないだろ、俺が見たがったんだから」
「でも。木下さんが家に着くころにはもう十時とか十一時になっちゃうんじゃないですか?」
「シャワー浴びて寝るだけだし、気にすんなよ。お前と一緒に花火見られてすごい楽しかったしさあ」
 へらへらしているけど、風邪で欠勤したばかりの人にそんな無理をさせたくない。
「あの……。もしよかったら、ですけど。俺んち泊まりませんか」
 俺が思いきって誘うと、木下さんは無言で目をぱちくりさせた。俺、変なこと言ったかな。焦ってちょっと早口になった。
「あ、なにか用事があるとかだったら、いいんです。でもうち、両親が旅行中でいないから、気をつかうことないですし。兄貴はいますけど。急ですみません。着替えなら、俺の使ってくれればいいし」
「パンツも?」
「パンツ、は……」
 さすがにそれはちょっと。俺の困り顔がおかしかったのか、木下さんは笑って俺の頭をわしゃわしゃかきまぜた。
「パンツはコンビニで買ってくからいーけど。ほんとにいいの? 俺を泊めて」
「男子に二言はありません」
「それじゃあありがたく世話になろうかな。さんきゅ」
 飄々とした足取りで木下さんが車を停めてあるところへと歩いていき、俺はその背中を追いかけた。
「俺、誰かを家に泊めたことなくて。実はちょっと緊張してます」
 何気なく口にしたら、木下さんがちらりと横目で俺を見た。
「なに、俺のこと煽ってんの? 今の木下さん、あんまり煽り耐性ないかもなんだぜ?」
 炎上? 木下さんってブログでもやってんだろか。

 途中でコンビニに寄り、こまごましたものを買って桜田家に到着すると、兄貴はすでに帰宅していた。木下さんを連れてきた俺の顔を、わずかに眉を上げて見る。
「両親のいない好機を逃さないとはとぼけた顔してとんだ策士だなお前。俺もどこか出かけてきたほうがいいのか?」
「え? 別に騒がないよ修学旅行じゃあるまいし」
 歳が離れているとはいえ、俺だって成人済みなのである。いくらなんでも夜にそんなにはしゃぐわけない、心外だ、という意をこめて反駁すると、兄貴はしらっとした表情になる。
「嬉しそうにしてるくせに。ま、ほどほどにしといてくださいよ木下さん。俺、明日朝早いから。あそうだ、耳栓あったかな」
 とかなんとか言いながら、自室にひっこんでしまった。なにゆえ、実の弟をこんなに信用しないのか。ていうか、嬉しそうってなんだよ。
 木下さんは一ヨクトメートルも気にしたふうもなく「お義兄さんに釘刺されちったー」なんてへらっとしてる。いつも「アズサ」って呼んでるくせに今日に限って「オニーサン」ってなんなの。なんなのこの人たち。

20150801
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