ふるふる図書館


第20話 トランシェント・トランス transient trance 1



 祭りの最後に打ち上げ花火がある、と知ってにわかに興奮する木下さん。
「わーい、はなびー」
「でも、帰るの遅くなっちゃいますよ。俺は近所だからいいけど。木下さん家遠いじゃないですか。風邪がぶり返しちゃいますよ」
「退かぬ媚びぬ省みぬ!(グワッ) はーなーびー見ーるー!」
 グーにした両手を上下に振り振り、木下さんが駄々をこねる。そりゃ俺だって見たいけどさ。
 ちゃんとした花火大会に行ったことないから比較できないが、規模はさほど大きいものではないのかもしれない。でも、間近で見られるので臨場感がすごいのだ。
「お前が生まれ育って今も住んでるこの町で、お前と一緒に見たいんだもーん」
「なるほど、地元民ならではの穴場スポットを知ってると見こんでのことですね。残念ながら知りませんよ。友だちと来たことないし」
「リョーヘー君は?」
「涼平はちょっと家が離れてるんで。兄貴や母親とくらいしか」
「そーかわかった。じゃあ今日いまこれから、俺とお前とで新たな穴場を探そうぞ」
「は?」
「そーと決まれば飲みもの調達だ! おおちょうど目の前にかき氷屋さんが! なにがいい?」
「え? えっと」
「昔はなにをよく食ってた?」
「え、ブルーハワイです」
「よし、ブルーハワイひとつとメロンひとつ!」
 あれよあれよと俺はブルーハワイのかき氷を手に、木下さんに腕を取られ人ごみを離れて歩き出す羽目になっていた。おまけに、木下さんに薦められてバッグを車の中に置いてきたから、水風船の収納場所がなくて指にはめっぱなしだ。大きなオレンジの玉がぶらんぶらん揺れる。
「あ、こっちのほうは人がいないな。いいかもいいかも」
 会場の裏手、跡継ぎがいなくてやってるんだかやってないんだかよくわからない駄菓子屋。すっかりしょっぱい色合いになったガチャガチャが並んでいる。子どもたちが一休みできるように置かれたベンチも、風雨にさらされぼろぼろだ。まあ人は来ないだろう、草がぼうぼうに生い茂ったこんなとこにいたら間違いなく蚊の餌食になるし。
 俺は観念して、ベンチにさっさと腰かけた木下さんの隣に座った。賑やかな祭ばやしがちょっと遠くなった。
「会場のほうが、花火に近くていいのに」
「そうだけどさー。人いっぱいいるし」
「じゃあ、有名な花火大会とか行かないんですか」
「お前が行きたいって言うなら行くよ?」
「はい?」
「あそうだ、これこれ」
 木下さんがポケットから小さなスプレー容器を出した。
「お前、蚊に刺されやすいだろ。その柔肌を守るために持参したんじゃよ」
 言いながら、吹きかけてくれた。虫除けだ。たしかに俺は靴下の上からでも蚊に襲われる。O型は蚊に食われやすいのだ(俺調べ)。木下さんは、妬ましいほど蚊が寄ってこない。ということは……その虫除けスプレーは、俺のために用意した? んなわけないか。
「木下さんもつけてくださいよ。今まで俺が代表して刺されてたのに、そんなのつけたら俺が盾として木下さんを守れなくなりますよ」
「そういう殊勝なこと言うと、俺がお前の肌に吸いつくよ?」
 その返しの意味がよくわからないけど、深追いすまじと俺の勘が告げている。手つかずだったかき氷を食べ始めて、発言をスルーすることにした。

20150622
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