ふるふる図書館


第18話 グンナイ・ベイビー good night baby 2



「俺も、お前に謝らないとな」
 木下さんがつぶやくので、謎発言の追及どころじゃなくなった。
「なにがですか」
「お前に風邪をうつさないように、連絡しなかったんだ。お前が見舞いに来るかもしれないと思って。だけど、お前の顔を見たら、帰ってほしくなくなって結局ひきとめた。ごめんな。来てくれてすごく嬉しかった。まだ礼も言ってなかったな」
 ストレートにそんなことを言われたら。どんな顔をしていいのかわからない(って、綾波レイじゃないっての)。暗くてどうせ見えやしないけど。
「お礼を言ってほしくて来たわけじゃないですから」
 木下さんから体調について知らされてなかったのは、別に俺がハブられてたせいじゃなかったんだ。ほっとした。でもこんなことを話したらまた木下さんに叱られそうなので、視線を伏せたまま黙っていた。
 マットレスが揺れてベッドがかすかにきしむ音を立て、木下さんが身動きしたことを教えた。指先が俺のほっぺたや耳をかすめた。と思ったら、ふわっと頭を撫でられる。手探りしてたらしい。なのに、明かりをつけろとは言わない。
 頭を動かさないようにそっと目だけを上げると、木下さんが間近にいた。今さらながら、めがねを装着していないことに気づく。かけてもかけなくても同じか。視界が遮断されているせいか、木下さんの気配が、感触が、とても濃厚に感じる。
 木下さんの声が柔らかく届いた。
「もう、帰んな。マジで、風邪うつるから」
「木下さんが寝たら、帰ります」
「俺が寝るまで、帰らないってこと?」
「はい。ちゃんと、見届けなきゃ」
「俺がなかなか眠らなかったらどうすんの?」
 そうきたか。
「ここで待ちます」
「ずっとずうーっと寝なかったら?」
 え。それは困る……。でも。一度約束したんだから。
「ずっとずうーっと、ここにいます」
 空気が動いて、ばふっ、と音がした。枕と頭がぶつかる音だ。木下さんが横になったらしい。
「さっさと帰れ」
「ええっ?」
 俺、追い返されてる? 唐突に冷たく言われて戸惑った。
「お前と話してると、こっちの体温が上がる」
「熱が出たんですか?」
 あわててマットレスに片手をつき、勢い余って木下さんに覆いかぶさるくらい身を乗り出して、おでこを探り当てて触ろうとしたが、その手を払われた。背中を向けた気配がする。
「そんなことされたら、今の俺は責任持てない」
 声が怒ってる。また寝起きのときみたいにかすれていて、苦しそうだ。
「帰ってほしくないってさっき言ったじゃないですか。俺にここにいてほしいってことじゃないんですか?」
「さっきはさっき、今は今っ。もう寝るのっ。だから帰って」
「でも。熱が高くなったんでしょ。声もひどくなってるじゃないですか。具合悪いときに誰かについててほしいの、当然ですよ。だから意地張らないでください。俺に風邪をうつしちゃうかもって心配なんですよね? 大丈夫ですよ、少しうつしてくれてもいいくらいです」
「もういいから。帰れってば、馬鹿。俺は上司として、お前の体調を守んないといけないのっ」
 上司の立場を持ち出したが、言い方はまるっきり駄々っ子だ。おとなしく言われたとおりにすべきか、やっぱりついていたほうがいいのか、判断できない。

20150112
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