ふるふる図書館


第17話 アンビバレント・フィーリング ambivalent feeling 3



「わ、いろんなもの持ってきてくれたんだなあ」
 木下さんがコンビニ袋の中身を楽しそうに検分している。
「元気なんだったら、もうちょっとしっかりした食いもののほうがよかったですね」
「そんなことないよ、これ、俺の好きな具のやつばっかりだし」
「おむすびですか? よかった、どの具がいいのかわかんなくて、すごい考えちゃいました」
「お前、おにぎりのことを『おむすび』って言うんだな」
「え、変ですか?」
「いや、なんか可愛いなと思って」
 なぜにそうなる。
「口をとんがらせて発音するのがさあ」
 意味不明。実は熱があるんじゃないだろかこの人。
「それはさておいて、薬は飲んだんですか。なにか食べました?」
 俺が強引に話題をそらすと「薬は飲まないよお」と駄々っ子みたいなことを言い出した。
「風邪を治す薬なんてないもん。ただ症状緩和するだけだもん。治すには安静にして、ウイルスを追い出せばいいんだもん」
「そうなんですか?」
 よくわからんが、博覧強記の木下さんが主張するのならそうなんだろう。
「じゃあ薬はなしで。食べて休みましょう。ね」
 胃腸が大丈夫なら、おかゆじゃなくてもいいのかもしれない。食べられそうなものを選んでもらい、木下さんの食物摂取を見守ろうとしていたら「お前も一緒に食べるのっ」と木下さんが言いはった。
「これは全部、木下さんに買ってきたんですよ」
「誰かがいるのにひとりで食べるの好きじゃねーもん」
 そうおっしゃられましても。どれもひとり分しか用意しなかった。インスタントポタージュが一箱に三袋入っていたのでそれをひとつもらうことにする。こんなことなら、料理したほうがよかったと思う。木下さんは幸せそうにおむすびのフィルムを剥いてるけど。
 今日の仕事のことなど雑談しつつ食べ終わってから、ごみをキッチンのごみばこに捨て、カップを洗い、トイレを借り、戻ってみると。
 奥に置かれたベッドに、木下さんが横になっていた。壁際を向いているので、表情が見えない。「もう寝ます?」と声をかけると「ううん」と返事がある。イエスだかノーだかわからん。
「俺、そろそろ帰りますね。鍵、どうします?」
「や」
「なにが『や』ですか」
「まだ寝ないから。帰んなくていい」
 くるりとこちらに寝返りを打った。めがねをかけたままの木下さんの顔は、いつものようにへらへら笑ってる。
 だけど。
「ちょっ、木下さん! 大丈夫じゃないじゃないですか!」
 あきらかに病人だ。あわてて近寄り、上掛けを木下さんの肩までひっぱり上げた。めがねを取ろうと両手を顔に伸ばした。指先がつるに触れる直前に、その手をつかまれる。熱の高さが伝わった。
「寝ないって」
「俺が来たせいで無理させるなんていやです。なんで平気そうにしてたんですか。俺に弱みをみせたくないってこと?」
 木下さんは俺を拘束したまま、ちょっと笑った。
「お前が持ってる俺のイメージを崩したくなかっただけだよ」
 たしかに、木下さんといるといつでも楽しくておかしくて笑いっぱなしで。シリアスなシチュエーションなんて想像できない。
 俺は木下さんに甘えていたのか、この人といれば笑顔にしてもらえるって。ネガティブな気持ちになることを求めてないって。それを見抜かれていたのか。
 俺を頼ってくれないってことは。俺を信じてまかせてくれないってことか。まあそりゃそーだよな。わかってるけど。わかってるけどさー!
 俺はひとくち息を吸い、おごそかな口調を作った。
「いいですか、木下さん。世の中には『ギャップ萌え』という言葉があるのですよ。知らないんですか?」
 だるそうにとろんとしていた飴色の目が丸くなったが、かまわず続けた。
「それにですね。結婚の誓いにもあるでしょ。『健やかなるときも病めるときも』って。だから、楽しい時間ばかりを過ごさせようなんて、思わなくていいんです!」
 俺が言い切ると、しばらく沈黙が落ちた。木下さんの口が間近で動いた。
「お前、それって……。そういう、ことなの? 萌えって。結婚って。そう、なの?」
 問いかけられてはっと気づいた。やっちまった……。なんてこと口走ってんだ俺の馬鹿っ!
「も、もののたとえです! 言葉のあやです!」
 俺はめがねをむしり取り、ベッドの宮棚に置いた。あたふた立ち上がって電気を消す。
「変なこと言ってすいません。帰ります。鍵は外から閉めて、ドアポケットに入れとくんで。お大事に!」
 そうして俺は逃げた。木下さんの顔も見られずに。

20141223
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