ふるふる図書館


第17話 アンビバレント・フィーリング ambivalent feeling 2



 どんな症状なのかわからないので、コンビニでとりあえず消化のいいものを買う。プリン、桃の缶詰、レトルトのおかゆ、フルーツゼリー、ウイダーインゼリー、インスタントのポタージュ。現地でなにか作ったほうがいいだろうけど、食材がないはずだし、俺が音を立てるのも気が引けるので料理はしないことにする。冷凍庫で保存できるので、おむすびもいくつか購入した。汗をかいてるかもしれないから、スポドリも追加した。
 予想以上に大きくなった荷物をぶら下げて木下家に到着し、インターフォンを鳴らそうとしてためらう。やっぱり急に来たらまずかったんじゃないか。寝ていたら起こすことになるんじゃないか。ドアノブに荷物をひっかけて帰ろうか。いやこの暑さで外に放置しておくわけにはいかないし。
 悩んでいると、「日頃の鬱憤も晴れるでしょ」と言う谷村さんの飄々とした顔が思い出された。そうだった、俺は木下さんが心配で駆けつけたんじゃなくて、木下さんの弱ってる姿を見物しに来たんだ、だったらなにも躊躇することはないじゃん。
 小さなボタンを押す。奥で「ピンポーン」と間延びした音がした。ややあって「はい」と返事が聞こえる。俺は「お届けものでーす」と声色を作って言った。
 人が近づく気配、鍵がはずされる音の後、ドアがひらく。ふだんよりもよれよれのTシャツとハーフパンツを着て、髪をあちこちはねさせた木下さんがいた。見知らぬ人を前にしたような警戒心と、気のゆるみをわずかにないまぜにした表情を浮かべて。俺に向けることのない顔だ。
 俺だとわかってない? おそるおそる話しかけた。
「あの。来ちゃいました」
 すると木下さんは、目をこしこしこすって、顔をすいっと近づけてきた。機嫌がうるわしくないのか、目を細めている。目の焦点がぼけている気がする。
「こう、き?」
 なんだなんだよほど体調がわるいのか? それとも、怒ってるんだろうか? と不安に駆られていると、木下さんはシャッと部屋の奥にひっこみ、またシャッと玄関に戻ってきた。さっと右手を掲げる。
「きんがんきょう! てってれてってってーてーてー!」
 とドラえもん(大山のぶ代バージョン)の真似をして叫ぶと、右手に持っていためがねをかけた。
「ほんとにコーキだあ」
 嬉しそうに笑う。そういえばこの人、いつもはコンタクトレンズ使ってるんだった。こんなに視力低いのか。
「危ないですよ、裸眼でドア開けるなんて。ヤバイ人が外に立ってたらどうするんです」
「うん」
 年下の俺の小言にも素直にうなずく。
 あ、めがねもかけずに出てきたってことは。
「もしかして寝てましたよね。すみません。すぐ帰ります。これ、食べてください」
 コンビニ袋を手渡そうとして差し出した腕をつかまれひっぱられた。
「なんで帰るなんて言うの」
「風邪で調子よくないんでしょ」
「元気元気。ちょっとごろごろしてただけ。大事をとって早めに休み取っただけだよ。こー見えても大人なんだからね。大人たるものよゆーを持って行動しなきゃ。それに、お前の顔見たら完全に治っちった。よっ俺の薬箱!」
 なんでらいおんハートなんだ、とツッコミつつも、それだけ快活にしゃべれるんだったら大丈夫か、とインターフォンを押した動機をけろっと忘れて俺はほっとした。
 ま、それならば、ますます俺がここにいる必要性はない気がするが。
「外、暑かっただろ、ちょっと涼んでいけって」
 と重ねてすすめられると、俺は靴を脱いで上がるほかなくなるのであった。

20141223
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