ふるふる図書館


第17話 アンビバレント・フィーリング ambivalent feeling 1



 食べて、しゃべって、笑って一緒に過ごす。いろいろひっかかることはある。会ってないときも、会ってるときも、もやもや思い悩んだり、もだもだじれったかったりする。でもやっぱり、別れた直後は楽しかったという気持ちばかりが頭を占めて、しばらくは思い出し笑いでごはんが何杯でもいける気がする。
 きっと、人との付き合いが上手なんだな。木下さんが。
 木下さんの家で料理をして、予期せぬ来客で途切れたものの食事をして、デザートのパピコもしっかり平らげ、車で自宅まで送ってもらって。知りたいはずだった肝心なことはなにひとつわからなかったけれど、それが気にならないくらいに俺は余韻に浸り、次のシフトが重なる日を待ったりしたのだった。
 しかし。休み明けの早番で、告げられたのは。
「休み、ですか」
 風邪で欠勤だというのだ。俺が知る限り、体調不良で休んだことなど今までなかった。
「ま、夏風邪はナントカがひくってやつだな。鬼のカクランでもいいけど」
 淡々と情け容赦ない発言をする谷村さん。
 谷村さんが木下さんの風邪を知っていて、俺は知らないという事実に、なぜか心がざわついた。なんでだ。昨日、谷村さんは出勤だったけど、俺は休みだったんだ。それに、谷村さんは社員だ。俺はバイトだ。だから、谷村さんは把握してる。俺は把握してない。ゆえにこの状況に、なんら不思議なことはない。うん。
 だから……俺がメールを送ったり、ましてや見舞いに行ったりするなんて、迷惑なことなんだ。返信したり、見舞い客の相手をするのもおっくうだろうし。俺が作り置きしておいたおかずもまだあるだろうから、大丈夫だろう。うん。
 そう考えながら、一日の仕事をこなし、着替えてスタッフルームを出たところで、俺に出くわした谷村さんが首をかしげた。谷村さんはジェスチャーが大きいタイプではないので、「首をかしげるような表情をした」というほうが正確だけど。
「あれ、桜田君、遅いね」
「え? 定時から十分しかたってないですよ」
「すっとんで帰ると思ったけどな。木下に会いに」
「そんなこと、しないですよっ」
「けんかでもしてるの」
「してないですよ」
 会話が噛み合わない。これがディスコミュニケーションというやつか?
「無理にとは言わないけど、もし時間があるようなら行ってみたら? ひやかしに」
「でも、ほんとに具合悪かったら、迷惑なんじゃ?」
「あいつが具合悪いときほど、顔見てやったらいいよ。日頃の鬱憤も晴れるでしょ。めったにない機会だよ、弱ってるあいつが見られるなんて」
 俺は吹き出してしまった。
「それなら、行ってみます」
「うん。アポなしで行っちゃっていいよ、恥ずかしいから来るな、って言うかもしれないし」
「わかりました。お先に失礼します!」
 俺はぺこっとお辞儀して、背中を向けた。「これであいつに貸しひとつだな」というつぶやきが後ろから届いたような気がするが、俺の歩く速度が速かったのか、木下さんに持って行く品をあれこれ考えていたせいか、はっきり聞こえなかった。

20141223
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