ふるふる図書館


第16話 プリティ・スーベニア pretty souvenir 3



「サトミちゃんはなかなかだねえ。あみんの歌みたいだわ。可愛いふりしてあの子わりとやるもんだねっと。あーあ、あげなきゃよかったかなあ、あの紅茶。せっかくお前にやるつもりだったのにぃ」
「紅茶?」
「そ。ロンドンみやげ。みんなに内緒でお前の分だけ買ってきたから、こっそり渡すつもりでいたんだよなあ」
 あ、そうだ。木下さんが出張から帰ってきて、ふたりでスタッフルームに入ったことがあった。あれは説教するためだけじゃなくて、俺におみやげをくれるつもりでいたんだ。谷村さんが、里美さんが待ってるって言いに来たからその場は流れちゃったけれど。
 谷村さんが入ってくる直前の会話が唐突に脳裏によみがえる。「空港まで来てくれて嬉しかった」って、やさしくて慈しむような笑顔をくれたんだったこの人が。ちゃんと申し送りノートを見てない俺が間抜けだったのに。わざわざみやげまで用意してくれて。
 急にそわそわしてきた。なんとも不思議な胸のふわふわをおさめようと、また麦茶のグラスを傾ける。
「俺のだなんて、わかんなかった。ピンクの缶だし女の子用かなって思いました」
「なんで俺にみやげがないんですかって拗ねる権利、お前にあるんだけどなあ」
 ゆるゆる笑って謎めいたことを口にする。
「拗ねましたよ」
「ん?」
「絵はがきがほしいって言ったのに、送ってくれなかったから」
 ジト目で相手を睨んだ。
「ああ、あんなに可愛くおねだりしてくれたのにな。コーキがあんなに激しく求めてくることなんてないからドキドキしちった」
 俺は五秒ほど言葉をとめた。よくよく反芻すると、その言い方はイヤラシクないか。セクハラオヤジめ。
「にもかかわらず、送ってくれなかったってことですね?」
 木下さんはへらりと首をかしげてとぼけている。
「ずるいなー。嘘つき、って怒れないじゃないですか。そんなふうにはぐらかされたら」
 部屋の片隅に置いてあった自分のかばんをごそごそ探って、絵はがきを取り出した。葵の御紋の印籠よろしく、びっと木下さんの目の前にかざす。
 ライトアップされた大きな観覧車が目を引くきれいな夜景の写真だ。テムズ川の面に色とりどりの明かりが反射している。ロンドンに観覧車があるなんて知らなかった。「メアリー・ポピンズ」なら読んだことあるのにな。
「これは俺宛のエアメール、ですよね。でもね、兄貴の部屋から発見されたんです。いったい全体どーゆーことですかね?」
「なーんだ、ばれちゃったのかあ」
「なーんだ、じゃないです。絶対なにか企んでますよね、兄貴巻きこんで」
「うん」
 すんなりうなずき、箸を置く。
「アズサに、もしコーキよりも早く郵便受けに入っているのを発見したら、隠しといてって頼んだ。だからアズサには責任はないよ」
「責めようがないです。俺が兄貴の部屋にあるのをたまたま見つけて問いただしたんですけど、『木下さんに聞け』の一点張りで」
「うん」
 またこっくりして、俺に相対した。
「そのはがき。なぞなぞ仕込んでおいたんだけど、気づいた?」
「はあ? なぞなぞですか?」
 俺はためつすがめつはがきを眺めた。表は夜景の写真。裏は見慣れない切手と消印。俺の住所と名前と木下さんの名前、エアメールという表記がアルファベットで書いてある。添えられたメッセージは日本語だ。
「ありがとう見送り(´ε` )今日もいつもどおりしごとがんばってるんだろうな。て、思ってこっちもなんとかやってるよん。留守中のこと、あとで教えてちょ。」という、特にひねりのない文章が、見慣れた筆跡でつづられている。手書きで、とリクエストしたのは俺だった。
「とけたら教えて」
「賞品出ます?」
「出るかもね」
「で、はがきを隠匿したのと謎ときは関係あるんですかね?」
「あるよ。うん。ヒントにはならないけど。いや、なるかな。ならないな」
 どっちやねん。
「あ。俺もうひとつ、答えの出てないなぞなぞがあるんです」
「ほう」
「関係を解消するのは、木下さんへの嫌がらせとか意地悪なんだって、里美さんが言ったんです。これどういう意味でしょうね?」
 木下さんがちょっと眉を寄せる。
「えっと。『木下さんが彼女を作れと言ったけれど、それには乗ってあげない』だったかな。俺のいないところでけんかでもしてたんです?」
「ふうーん。なるほどねーえ」
 木下さんがにんまり笑う。いやな表情だな。
「じゃあ、俺も、サトミちゃんの嫌がらせには乗ってあげないよっと。木下さんの大人げなさは人後に落ちないんだからね」

20120811, 20140904
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP