ふるふる図書館


第16話 プリティ・スーベニア pretty souvenir 1



「ほらやっぱりなんかあったんじゃないか。ようすがおかしかったもんな。いったいどした? 仕事のことか? 学校のことか? 進路のことか? 彼女のことか?」
 追及されて言いよどんでいると「まあ俺に言いたくなければそれでもいいけどさ」とあっさり引き下がり、俺の手もさっさと離しておかずをつまみはじめた。
「でもなー気になるなー。可愛い部下が悩みをかかえているなんてさー。無理に聞き出そうとは思わないけどさー」
 鶏肉をもぐもぐしながらこっちをちらっちらっと見ながら、大きすぎる独り言を言う。
 ええもうわかりましたよ白状すればいいんでしょ洗いざらい吐けば。
「木下さんは、俺のことを応援してくれてるんですよね?」
「うむっ」
 俺に向き直って、大きくうなずく。
「じゃ、俺にコーチしてください。昼間のアレ、続きやりましょう」
「ふへ?」
 木下さんは、突如積極的になった俺に意表をつかれたのか、箸をくわえたままぱちぱちまばたきしている。いや不意打ち食らったのは俺のほうだ。なにとち狂ってんの俺。
「木下さんを踏み台にしてステップアップしていいんですよね?」
「サトミちゃんとなんかあったんか」
 俺がついにやる気を見せたというのに、乗り気にならずに木下さんが一歩引く。
「俺はどうすればいいのか、教えてください。どうすれば、うまくいくのかとか。なにをすればいいのかとか」
 こうですか。木下さんのほっぺたに触れようと指を伸ばして、できず、中途半端な位置で手を握りしめた。
 木下さんは箸を置いた。ゆっくりと両腕を俺の胴体にまわす。
「そんな悲壮な顔しちゃって。無理しなくたっていいんだぞ?」
 背中をぽんぽん叩かれた。自分から触れることができなかったのに、触れられるのはなぜだかひどく気持ちがよくて、俺は無意識に目を閉じてしまった。その勢いのまま、まぶたをあけずに、するんとカミングアウトしてしまう。
「里美さんとは、だめになったみたいです」
 木下さんは俺の頭を撫でた。信じられないくらいにやさしい手つきで。うっわ、悪どいわこれ。胸の奥にたまっていた言葉がついついぽろぽろ口からこぼれ出ていく。顔を見合わせてないことで、どんどん口が軽くなる。
「俺、なにが悪かったのかわかんなくて。だって、そもそも彼氏彼女の関係じゃなかったって言われたし……。全然相手にもされてなかったってことかな……」
 木下さんの肩に額をもたせかけた。
「お前は悪くないよ」
「なんで。どうしてそう言い切れるんですか」
「俺、お前のことずっと見てるし。お前の話もずっと聞いてたから」
「でも、裏の顔があるかもしれませんよ。陰では、極悪非道で冷酷無比かも。鬼畜で外道で、人を人とも思わない人間かも」
 ふふっと笑い声が落ちてきた。同時に少し肩が揺れる。
「もしほんとにそうでも、お前だったら許すよ、俺は」
 さらりと即答された。
「そ、そんなこと言って。俺のこと、甘く見てますね? 現に俺、木下さんに嘘をついてるんですよ。ほんとは、里美さんとは、あれやこれやなんてしてないんです。腕を組んだだけです。手だってつないでないし、それ以上のことなんか全然。ちっともさっぱり」
「ふふっ。そっか」
 事実を言い募っても動じない、のどかな返答を聞いてじっとしてたら、心がだんだん落ち着いてきた。
「それで、サトミちゃんとはこれからどうしたいの?」
「どうするって……。どうしようもないです。関係がなかったことにされたんだから。もとに戻りようもないし」
 じゃあ俺はなんでこんなにへこんだんだろ。俺はなにも悪くないって、里美さんもそう言った。だから里美さんを傷つけたわけじゃない。なら、なんだ。自分の価値が否定されたことに対する失望? これから楽しい未来があった可能性がすべてパーになったことへの未練? ああ、自分のことばっかりだ。自分がこんなに欲ばりだったなんて知らなかった。
「サトミちゃんとのことはもう終わったのに、俺に今、コーチを頼むんだ?」
 ドキッとした。木下さんの笑いを含んだ声が、からかうような、柔らかいような、甘いような響きを伴っている気がして、動揺に輪をかけた。
「いや、それはあの。後学のためと申しましょーか。だって木下さん、俺に彼女を作れって言ってくれたし。またそういうチャンスがあるかもだし」
「俺が、シタゴコロまんまんで、お前のショーシンにうまうまとつけこむかもしれないとは考えないの?」
「考えません」
 きっぱり否定したので、木下さんは「およ?」と奇声を上げて、俺の肩を持って体を剥がし、顔をのぞきこんできた。そのまま二秒ほど、俺の目を凝視してからふいと顔をそらし、また箸を取り上げる。
 なにか言いたかったんじゃないのかな、とちらっと思ったけど、「ま、人生いろいろあるさあ」といつもののほほんとした調子で励まされたので、「そうですね」とうなずき、麦茶のペットボトルを取りに冷蔵庫へ向かった。

20120811, 20140904
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP