ふるふる図書館


第15話 スパイラル・リレーションシップ spiral relationship 3



 早々に、ショウコさんとおぼしき女性(たしかに美人だった)がやってきて、オオバさんはどんよりオーラをまとわせながら、その人に連れられて出て行った。
「もー、あのときのオバケンの顔ったら。近年まれに見る傑作だったわー。写真撮っときゃよかった」
 まだ木下さんは思い出し笑いに余念がない。
「まったく、人が悪いなあ」
「なに、お前、オバケンの味方するの?」
 木下さんは笑いを瞬時にひっこめて、駄々っ子のようにぷうっと頬を膨らませる。ほんとにアラサーかこのヒトは。
「これから俺が心ゆくまで、お前がせっかく手塩にかけて作ってくれた料理をじっくりゆっくり味わおうとしているときに、突然やって来て、俺に手ひどい批判を浴びせて、俺たちふたりの時間のじゃまをするようなやつをかばうわけ? 俺の傷心はどうしてくれる?」
「その割には楽しそうにオバケンさんをいじっていたじゃないですか」
「てへ」
 片目をぱちんとつぶって舌をぺろりと出す。いったいどこのアイドルだよ。
 この期に及んで、俺は恐ろしいことに気づいた。なんと、俺の手はいまだに木下さんに握られているではないか。俺はそれから逃れようと、そうっとそうっと手を引いた。が、実に素早く木下さんが力を入れたので、そのもくろみは叶わなかった。
「で、俺の傷心はどうなるの? ショーシンって、傷ついた心っていう意味だぞ。課長が部長になるとか気が小さくて臆病だとかじゃないぞ」
 しつこくからんで、いやに真剣に俺の目をのぞきこむ。まさか、俺のことにも腹を立てているんだろか。
 さっき木下さんが口にしたことを思い起こす。傷心云々の前。「俺たちふたりの時間のじゃまをするようなやつをかばうわけ?」って言った。「俺たちふたりのじゃま」って? なんだそれ?
 なんだそれ。
 こういうやり取りを、何度もしてきた気がする。いや、そこまで多くはないのかもしれないけど。俺がただ、ささいなことでもねちねちおぼえていて頭の中で繰り返しているだけなのかもしれないけど。
 ぐるぐる回っているような感じ。同じところから動いてないんだろうか。それとも螺旋みたいに、ぐるぐるしながらも先に進んでいるんだろうか。ひょっとしたら、後ろにさがっているかもだけど。
 だってもう、木下さんは俺にあまり興味がない。俺が十代だったころよりかは。
 なーんでか?(なんでかフラメンコ) それは、若い子が好き、だからだろう。オオバさんがそう言った。俺なんかよりもよほど付き合いが長いらしいオオバさんが言うんだから。きっとそうなんだろう。
 ついぽろっと声が出た。
「傷心なのは、俺のほうなのに」

20120713, 20140904
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