ふるふる図書館


第15話 スパイラル・リレーションシップ spiral relationship 2



「あ、もしよかったら、なにか召し上がりますか?」
「いーのいーの、コイツに食わせるメシはないのっ」
「俺の分、まだ手をつけてませんので」
「えーっお前はどーすんだよお」
「俺は、味見がてらちょいちょいつまみましたし」
「つまみ食いで腹いっぱいになるようなメニューないだろよ」
「若い子の手料理……」
 俺たちのやり取りの間を縫って、オオバさんのつぶやきがもそっと聞こえた。あ、ばれてた。まあ、エプロンつけたまんまだし、そりゃ一目瞭然か。
 オオバさんはふかぶかとためいきをつく。
「ふーん。よくできた子じゃん。父親に続いてオマエもかよ、可愛い若い子つかまえるの」
 つかまえた? って俺を? 木下さんが? 俺は別にお縄を頂戴したわけではないわけであって。
「ふぁっ?」
 その台詞の意味するところを察知して、俺はすっとんきょうな声を出してしまった。オオバさんは、なにか誤解をなさってオラレル。そもそも俺、男ですよ?
 口を開きかけたとき、テーブルの上に出していた俺の片手を木下さんの片手がつかんだ。その手の主を見やれば、人の悪い笑みを浮かべている。木下さんのお尻から伸びた、先っぽが矢印みたいにとんがってる黒いしっぽがふりふり揺れている幻覚まで見えた。これは「おもしろいから黙っとけ」という合図にちがいない。俺は素直に従った。
 がしかし。木下さんの手は俺の手の甲に置かれたままだ。ますます誤解に拍車をかけるんじゃないですかこれ。と、その可能性に思い至った瞬間、俺のほっぺたは勝手に赤くなる。いやいや、だーかーら、それが誤解に拍車を(以下繰り返し)。
 焦れば焦るほど俺の顔は熱くなるという、完全墓穴なスパイラルに陥った。
「おやおや、男の嫉妬は醜いですぞ? オバケンだってしっかりいるだろ、美人妻」
「いーや、リコンする。今度という今度はリコンする」
 どうにも穏やかでない方向へ話が転がっているが、木下さんは意に介せずニヤニヤしている。それがオオバさんの気に障るようだ。
「オマエはいいよな、いっつもオイシイとこばっかりもっていくしさ」
「なにをおっしゃいます、その若さで大学の助教になられたオオバセンセイらしくない。俺なんぞしがない一介のサラリーマンですぜ?」
「将来を嘱望されて院に進め、大学に残れとあんだけ熱いラブコールを受けながら、有名どころに就職したくせに。さっさと! 難なく! 楽々と!」
「研究でメシは食えませんので。当方、お金持ちのオクサンもおりませんし」
 木下さんはけろりとこたえ、オオバさんをヒートアップさせた。
「オマエの父親は俺の親父を追い越して早々に教授になったくせに。くっそう、親子ともども苦せず楽しく愉快にのうのうと暮らしやがって。また俺はオマエに負けるのか」
 オオバさんは麦茶をぐいっとあおる。オオバ家と木下家は、お父さんの代から交流があるらしい。
 などと脳裏で状況を整理していると、いつのまにやら木下さんは携帯電話で誰かと話をしていた。
「うん、そう。またオバケンうちに来てっからさあ。あ、やっぱりそんなとこだと思った。うん、じゃあよっろしっくねー」
 携帯をたたんで、「ショウコさん迎えに来るってさ」とオオバさんに宣言した。オオバさんは恨みがましい視線を向ける。
「オマエね。ショウコさんとけんかするたびここに逃げこむのやめろっての。夫婦げんかのシェルターじゃねんだから。うちにアポなしで押しかけてくんのって、ショウコさんが連絡とれないように携帯の電源切ってるせいだろ」
「あんな気の強い年上女はやだっての。マジでリコンしてやるから!」
「あ、通話まだつながってた」
 木下さんの声を聞くや、オオバさんの背筋がコンマ数秒でしゃきーんと伸びる。
「なーんて、うっそぴょーん。ひゃっひゃっひゃっ、オマエの今の顔! ちょーウケる」

20120713, 20140904
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