ふるふる図書館


第15話 スパイラル・リレーションシップ spiral relationship 1



 木下家にやってきたお客さんは、年の頃は木下さんと同じくらいだと思う。木下さんが妙に若く見えるので自信はないが。
 しかしキャラ的にはあまり似てない。体格もいいし、髪も硬そうでつんつんしている。どこもかしこもほにゃほにゃしている木下さんとちがって、道着が似合いそうだ。柔道でもやってたんかな。
 お客さんによく冷えた麦茶を出す。テーブルにグラスを置くと、しげしげと顔を見られたので、俺はぺこりと会釈した。
「こんばんは、俺、桜田っていいます。木下さんのもとでバイトしてます」
「あ、どうも。オオバです」
 自己紹介しつつ、俺から目を離さず、木下さんのほうを親指でさした。
「コイツにプライベートでまでこき使われてるの? お茶くみまでして、気の毒に」
「いえいえ、そんな。いつもお世話になっているんで。それで」
 あわてて手を振ったが、オオバさんはなにやらどよんとした目つきになった。遅まきながら、ちょっと呼気にアルコールが混じっていることに気づく。
「そーだそーだ!  濡れ衣なり! ひどいなりオバケン!」
 俺の否定に乗っかって、木下さんがぴーちくさえずる。
「オバケン?」
「フルネームがオオバケンイチっての。だからオバケン」
 それで「おばけの音」か。おおかた命名者は木下さんであろうことは容易に想像がつく。
「君も、変なあだ名つけられてない?」
「あ、ああ……」
 うっかり言葉につまり、オオバさんは「やっぱりな」という顔をした。木下さんが口をとがらす。
「ちがーうもーん。変じゃないもーん」
「あだ名をつけてることは認めるんだな」
「愛情こめたネーミングのどこが変だと」
 バイトの中で、苗字呼びされてるのって俺だけなのである。そう再認識したとたん、どうしてだか、あまり愉快じゃない気分になった。おかしいな。木下さんにあだ名なんてつけられないに越したことないのに。

20120713, 20140904
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