ふるふる図書館


第14話 キッチン・アンド・タクティクス kitchen and tactics 3



 木下家にある皿のほとんどは「ヤマザキ春のパンまつり」で集めたとおぼしき、フランス・デュラン社製の、電子レンジでチンOKの白い食器だ。なので、なにげにウツクシク統一感がある。それらに料理を盛りつけ、背の低いテーブル(ちゃぶ台ともいう)に並べる。
 メニューは冷製パスタ、柚子胡椒風味の鶏胸肉、アボカドサラダ、そらまめスープだ。冒険しない無難なラインナップなので、失敗はなかったはず。
「これラタトゥイユです、余ったのは小分けにして保存しておくんで、ひとりでも食べてくださいね。パンにのせてもいいし、あっためても冷やしたままでもいけますよ。今日はパスタとからめました」
「ほー」
 白ワインが合うというが、俺にはよくわからない。やっぱりアルコールは飲めたほうがいいんだろうなあ。特訓すればいいのか?
「木下さん、肉ばかり食べてないで野菜もとりましょうね」
「うん」
 幼児のようにこっくり素直にうなずき、箸を伸ばすのがなんだか笑える。別におもしろおかしいわけではない。だから「アハハ」ではない。じゃあ「ウフフ」って感じか? なんだそりゃ。
「ああうまいなあ。お前天才っ。料理の神さま!」
 ぱくぱく口にしながらえらく上機嫌だ。
「そんなに絶賛しないでくださいよ。なんですかどっきりカメラですかプラカード持った人とかいるんですか」
 きょろきょろしたタイミングを見計らったかのように、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「まさか、ほんとに?」
「笑福亭笑瓶がそこに立ってたら俺だってどっきりするわ」
 木下さんは名残惜しげに食べかけのパスタをちらりと見てから、立ち上がって玄関に向かった。
 と、思う間もなく木下さんがとてとてと戻ってきて食卓に座る。
「うむ、何者かによるいたずらだな。誰もいなかった。さ、続き続き」
「そうなんですか?」
 今どきピンポンダッシュもなかろうと俺が首をかしげると同時に、またもチャイム。
「見てきます」
「いーからいーから」
 俺のTシャツの裾をひくので、腰のあたりがびよんと伸び、慌てて立ち上がるのを中断した。ファッションセンターしまむらで安く買ったやつだがまだ新品なのだ。
 訪問者はチャイムが故障していると思ったのか、ドアを叩く音に変わった。
 とんとんとん。
 木下さんがドアに近寄って尋ねる。
「なんの音?」
「風の音ー」
「ああよかったあ」
 いいのかい! と俺が心の中でつっこんでいると、また音がした。
 とんとんとん。
「なんの音?」
「おばけの音ー」
「きゃあああああ」
「じゃなくて!」
 ドアの向こうの誰かと漫才を繰り広げているらしい木下さんに、こそっと小声で聞いてみる。
「お知り合いなんでしょ? 家の場所を知ってるなんて、親しいんじゃないんですか? いいんですか?」
「アポもとらずディナータイムに来る輩に出すメシはないっ!」
 むだにキリッとして言い放つ。「突撃!隣の晩ごはん」のヨネスケ師匠も突撃できないのか? それにしても、メシはたくさんあるのだが。食後のアイスが人数分なだけで。
 招かざる客人がドアごしに言った。
「いきなり来たのは悪かったよ。連絡しようと思ったんだけど携帯の電池が切れてさあ。取りこみ中なら帰るけど」
「そーそー取りこみ中。おとなしく帰った帰った」
 それほど取りこんでなんかいないでしょうに。なにやらアヤシイと、俺の疑惑はいや増すばかりだ。先ほどからのみごとなノリツッコミだって、只者じゃないし。なんたって、今日は木下さんをマルハダカにする会なのだ。木下さんの知人がこうも都合よく来たなんて、天が俺に味方してるとしか思えない。
 俺はひそかにほくそ笑み、しぶる家主を促して、客人を招き入れたのだった。

20120422, 20140904
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