ふるふる図書館


第14話 キッチン・アンド・タクティクス kitchen and tactics 1



「木下さん、そこのベーコン取ってください。五枚入りの」
「はいよ」
 木下さんは軽快に返事をして、ベーコンのパックを俺の持っているかごに入れる。
「あ、卵もお願いします」
「ほいよ」
 木下家へごはんを作りに行くと宣言した日の俺たちは同じシフトだったので、早速その夕方、実行に移すことになった。食材の買い置きがまったくないというので、まずは木下さんのアパート近くのスーパーで仕入れるところからだ。
「あれ、いつの間に」
 ふとかごをチェックすると、パピコ(チョココーヒー味)がひとつ、おかずたちにまぎれてしれっと仲間入りを果たしている。鮮度のいいきゅうりを吟味しようと集中するあまり気づかなかった。
「いーじゃん、ふたりで半分こして食べようぜ。パピコが一パックあったらあったら、ジョリィとぼくとではんぶんこ♪」
 往年のNHKアニメ「名犬ジョリィ」のエンディングテーマをボーイソプラノで歌い出す犯人、もとい木下さん。ほっといたら、オープニングテーマ曲のほうのフランス語の歌詞部分までみごとな発音で熱唱しそうだ。
「もちろん、いいですけど」
 お金を払うのは木下さんなのだ。俺に否やを唱える権利はない。ないのだが、なんだかぶっきらぼうになってしまう。いいですけど、だなんて我ながら愛嬌も可愛げもない返答だ。
「パピコはいやか? 雪見だいふくにするか? それともピノ?」
「いえ、パピコでいいです」
 木下さんが、俺と仲よくシェアして食べられるようなものばかり候補に挙げるのはわざとか? 偶然か?
「うんうんそーだよな、もし願いのピノが当たったら、どっちが食べるかでけんかになるしなあ。それに、雪見だいふくもだけどさ、ピックが一本しか入ってないし。ひとつのピックで仲睦まじく食べさせ合うのもいいけれど、ちょおっと刺激が強すぎだし。ここはお前の言うとおり、パピコ一択で正しいな」
 やっぱり一パックをふたりで分け合う気だ。ひとり一パックという案はないのか。アイスを誰かと半分ずっこして食べるなんて、幼少のみぎりに母親や兄貴としただけだ。おまけに成人男子が公共の場でパピコだのピノだの真顔で討議するのは恥ずかしいことおびただしい。話題をそらそう。
「俺ね、母親と買い物すると、よく『あれかごに入れて』『これかごに入れて』って言いつけられたんです。子供って、勝手にお菓子とかかごに入れたりしちゃうでしょ。でも、なにかをかごに入れる、という行動をするととりあえずそれで満足して、好きなものを入れなくなるんですって」
「ほう」
「の、はずなんですけど、ね」
 木下さんには、その作戦は通用しないとみた。ほかにもおやつをそっと入れてくる予感。
 そういえば、木下さんの母親ってどういう人だったんだろう。藤本さんがいるから、木下家には存在していないのはわかるが、いつ別れたのかも、生別なのか死別なのかも知らない。木下さんのプライベートは不明な点が多すぎる。聞けば教えてくれるんだろうけど。どこまでつっこんでいいんだろう。他人との距離の取り方や、コミュニケーション能力は、俺は驚きの低レベルだ。ずっと友達いなかったからなあ。
 いや、今夜は木下さんを餌づけしてその隙に謎のベールを剥ぎまくるプロジェクトだったはずなんじゃないのか。怖気づくな俺。
 そんな俺の葛藤をとんと察することもなく、木下さんは力一杯のスマイルだ。
「そっかあ。素直にママのお手伝いをして、もみじのように小さなおててにソーセージやらパンやら抱えて、小さなあんよでよちよち歩いて、せっせと懸命にかごに入れる小さなコーキ君だったわけだ。ふーん。さぞや可愛かったんだろなあ。へーえ」
「そんな、微に入り細をうがつように描写しなくてもっ。それに俺はママとか言いませんしっ!」
 ひょっとしたら言ってたかも……。まあそこはおいといて。
「あ、お酒はなにか買っていきます?」
「んにゃ、今日は飲まないよ」
 それは……また俺を車で自宅まで送り届けるつもりなんだろうか。そこまでしなくていいのに。でも遠慮してばかりでもよくないのか。も一度話題をそらそう。
「ゴーヤは好きですか?」
「ゴーヤ? あんまり食べないなあ」
「つまり好きじゃないんですね?」
「だってさー。あのもこもこぶつぶつ、手塚治虫の『火の鳥』に出てくるキャラの鼻みたいじゃん。味も苦いし」
「ビールの苦さは平気なのに?」
「ちっちっち。あれは苦いっていう形容詞じゃないんです。ドライとか辛口とかっていうんです」
「へええ。そうなんですか。知らなかったです」
「まっ、ビール会社の策略だけどな」
「ゴーヤも工夫すればおいしいですよ。毎年、近所の人からたくさんもらうんです。グリーンカーテンでゴーヤ作ってて。だからちょっと木下さんにもおすそわけしようかなって思って。ゴーヤチャンプルーは有名ですけど、ほかにも、佃煮を作りおきしとくとごはんの友にいいですよ。ひき肉をつめて焼いてもいいです。苦みが気にならないようなメニュー、なにか考えてみますね」
 木下さんが俺をじいっと見つめる。
「なんですか」
「今日はよくしゃべるな、と思って」
「そうですか?」
 俺はブロークンなハートを抱えたロンリーウルフなのだ。ハートブレイクなロンリーチャップリンなのだ。喜劇王じゃねーけど。
 そんなこんなで賑々しく、食材を抱えて木下家に向かったのだった。

20120422, 20140904
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