ふるふる図書館


第13話 グッド・アイディア・ジャンキー good idea junkie 3



「じゃあさ、俺は?」
「へ」
「俺のことは気軽に呼べんの」
 とんでもないっ! 俺はぷるぷる首を振った。そんな軽い気持ちで呼べるもんか。
 はじめての二年前からほんとはいつでも緊張してるし、今だって冗談っぽくしないととてもじゃないけど口に出せない。頭の中でどんなにイメージトレーニングしても、いざ本人を目の前にすると平静になれず、そんな努力はM78星雲の光の国に光の速さでふっとんでってしまう。まあ、そんなものがとんできてもウルトラ超人たちは屁でもないだろうからいいけど。
 場数を踏めばなにごとも慣れるなんて嘘だ。
「心臓って、どっきんどっきんする回数が一生のうちで決まっているっていうじゃないですか。その回数を使い果たしたら死んじゃうっていいますよね? 俺、早死にするかも。ライフ減りすぎです。ヒットポイント激減です。木下さんのことをそーやって呼ぶたびに、俺は命削ってんです」
「サトミちゃんのことは、名字でしか呼んだことないんだ?」
「そーですよ。木下さんみたく、いろんな人をさりげなく下の名前で呼ぶとかできません。無理です」
「ふーん。なるほど」
 目をぱちくりしていた木下さんはにこーっと笑って、俺の頭をなでなでした。呆れられてるのかもしらん。俺はどういう顔をしていいのやら迷って、口を突き出してへの字にした。
「お前が若いみそらで命を散らすのは俺としても本意じゃないから。今のままでいーよ」
「ええ、そーさしてもらいますっ」
「ま、とりあえずはここまでにしておこーか。そろそろ誰か来そうだし」
「えっまだやるんですか?」
「なんも進歩してないからなあ」
「この先、どんなしごきのメニューが待ち受けてるんですか俺を」
「今のが序の口であることは間違いないな」
 イントロダクションだけでこんな死にかけてんのか俺って。まだスタートラインにすら立ててないのか。地獄の特訓だ。まさか木下さんにおもちゃにされてるだけじゃないだろーなとうっすら疑念がわいた。
 将来は、手をつないだりデートしたり、のみならずあんなことこんなことまで演習する心づもりなんだろうか?
 いや。いやいや。いやいやいや。恋人がいるはずの人間にそれはないだろ。
「そーゆう純情きらりなところもお前らしくていいけどね。わたわたしないでスマートにカノジョをリードしたいとか思うんなら続ければいいし」
 お前らしくていい。その言葉に心臓が軽くぴょこんとスキップした。けど。ここで断ると、わたわたしてスマートに彼女をリードできない自分でもいいと俺は思っていることになるんじゃないか? でも。もういない彼女のために擬似彼女相手に練習に励む俺は完璧に道化じゃないだろか。しかし。後学のためっていうこともあるし。だが。のちのち真相がばれたら俺は必ず窮地に立たされる。
「次はなにを悩みだしたん? お年ごろの青少年よ」
「すいませんね、優柔不断で」
「いろいろ考えるみたいだけど、考えてもわかんないことは考えなくてもいいんだぞ?」
 それは木下さんみたいな、頭のよい人にだけ当てはまることだ。
「俺は考えることがなんもなくなっちゃいそうですよ……。なんにもわかんないですもん」
 馬鹿の考え休むに似たり。思考を惜しむと馬鹿になる。どっちが真理だ。
「桜田は真面目だからなあ」
「木下さんは、どれにしようか悩んだときは、なにを基準にすればいいと思いますか?」
 俺が投げかける質問は、はぐらかしたり意味不明な返しをしてきたりするけど。たとえば仕事のことだったら百パーセント、木下さんはするっと答えをくれる。いつもそう、口下手すぎて端的すぎてつたなくて、我ながらわけわかんない説明でも、一を聞いて十を知るというのか、すぐに察してくれる。しんから賢いんだろうなあ。
「状況によりけりだけどさ。いちばんごまかしのきかないのは、感情とか気持ちかなー。理性より、体が勝手に動いちゃうことが真実だろ」
 まるで用意していたみたいに、手品みたいに簡単に答えを差し出して、なんでそう考えたのか、って俺の事情を知ろうとする。知ってきちんと考えようとする。俺のことをちゃんと理解しようとする。対話しようとする。そういう人なんだ。前から知ってたけど。
「気持ちに正直になっても、解決しないか?」
「うーん、そうかもしれないです」
「そか。ま、人生そんなことだらけだけどな」
 あ。久しぶりかもしんない。木下さんと、ちょっと深い話すんの。と気づいたとたん、俺の口は自然にほころびた。
 あ。今俺、楽しくて嬉しいと感じてるんだ。体が勝手に動いちゃうことが真実って。こーゆーことか?
 それなら、俺は俺の真実に忠実になればいいんだな。よし。
「木下さん、おうちに行ってもいいですか? 久しぶりにごはん作ります! お礼したいし、いろいろ話したいし!」
 そしたら、木下さんの話もいろいろ聞けるかもだし。いまだ分厚いベールにすっぽり包まれてる過去とかプライベートとか、わかっちゃうかもだし。
 なんて、この人相手に予測やイメージトレーニングなんぞしようともまるっきりの無効だなんてことをころりと忘れて期待する俺だった。

20110919, 20140904
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