ふるふる図書館


第13話 グッド・アイディア・ジャンキー good idea junkie 1



 お前には幸せになってほしいからさ。俺の顔をのぞきこみながら木下さんはそう言った。おうよ。そりゃあ俺だって望むところだ。
 だからね、清くなく正しい男女交際という青春の王道を邁進してほしいんだよ。とも言った。どーせまだぴっかぴかに一点くもりなく清い体ですがなにか。とは言えない。
「俺ってそんなにがっついてますか? 色魔や色情狂みたいに劣情放出してますか?」
「お年ごろの男子はそーゆーもんだろ? お前はちがうのか?」
 毎度のことながら、顔をぐぐっと近づけてくる。心にググっと群馬か。接近されたぶん俺はきっちり距離をとった。この類の話はどーも苦手だ。誰かとこういう話題で盛り上がるのは抵抗感ありまくりだ。
 男子はふつう平気なんだろか。木下さんも、誰かとそういう話題に花を咲かせたりするんだろか。枯れ木な俺に花を咲かせるプロジェクトか。いや俺だってまだ枯れたつもりはないんだけど!
 ツッコミを回避しようと目をそらして黙秘を貫いていたら、木下さんは不意に真面目な表情と声音になった。
「なにか悩みがあるなら、相談のるから。俺でよければさ」
 俺が不覚にも弱っているところを見せてしまったことを気にしてくれているらしい。俺を慈愛深げに見つめてくる。
 う、このギャップにやられるんだ。飴と鞭(ちょっとちがう)。油断して、ここでぽろっと漏らしたら、どんな仕打ちにあうやらわかったもんじゃないって。言ったら最後、you can't stop(プリングルス)。その手に乗るかってんだ。
 俺が貝になってんのをいいことに、木下さんは自由気ままにてきぱききりきり話を続けた。
「ふーんなるほど恋のお悩みってわけですかな。でもうまくいってて相思相愛、順風満帆、四捨五入、出前迅速、落書き無用でほんわかぱっぱにらぶらぶアツアツなんだから、けんかや仲たがいをしたわけでもない。となると、彼女の扱い方がわからないってことかねえ? ファイナルアンサー?」
 みのもんたばりの眼力と笑顔で俺を凝視してくる。うーんとライフライン使えるかな、いや、一択問題じゃねーかこれ。しかも賞金ビタ一文出ないし。
 至近距離でひたと見据えられて、俺のほっぺたは俺を裏切り激しくぽわーんと紅潮してしまった。ええいこんなときに! 肯定したって誤解されるじゃんか!
「うふふふ」
 さも嬉しそうな木下さん。その笑い方、アンタはEPOか。ちやほやされてきれいになると悪魔したくなるのか……ってネタが出てくる俺はほんとに二十歳の若人か。よそで言うときはドラえもんかサザエさんにしておかないと怪しまれるな。
 や、自分の年齢詐称疑惑を追求している場合じゃなくって。
「桜田はしみじみ可愛いな」
「またそれ言いますか」
「ウブなんだもん」
 夜泣きも疳虫もありません。ってそりゃ宇津救命丸だ。いくらなんでも赤ん坊扱いまではされてねーよな。
「まあ、なにごとも経験が必要だからな。よろしい。ならば練習だ」
 グーにした右手で、左の手のひらをぽんと叩く。
「へ」
「俺こと木下さんをサトミちゃん代わりにして、存分に使うがよいぞ」
「つ、使うって」
「練習台。俺を踏み台にしてまさにステップアーップ! てな感じで」
 冗談なんだか本気なんだか、さっぱり不明。この人が変なのはおなじみだけど。とりわけここんとこ毎日暑いからなあ。
「ほんじゃさっそくやってみよっか♪」
「ちょ、なんですって」
 木下さんの話しぶりはねじが足りないごとく、のどかにほんわかゆるゆるしてるのに、さえぎったり抗ったりができない。いつもといえばいつもどおりだが、俺の心のダウナーぶりがそれに拍車をかけていた。俺が発する言葉は、逆らう意思表示どころか、単なる相槌にしかなってない。
「別に、今さら恥ずかしがることないって。んー。なにから始めりゃいーかな」
 すげーむなしくないか? すでに別れた彼女の扱い方をなにゆえ今さら学ばねばならんのだ。男同士で擬似的に実地演習するってシチュエーションが男子校とかであるってなにかで聞いたような気はするけど、都市伝説かと思ってた。それとも藤本さんがくれた小説たちのどれかにそんな描写があったっけ?

20110919, 20140904
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