ふるふる図書館


第11話 ターニング・ポイント turning point 2



 その後は、木下さんとふたりで話す機会もなく夕方になり、俺の業務時間は終了した。
 言いふらしたりはしない人だとは思うけれど。落ち着かない。
 メールを打とうかと携帯をひらいたら、またタイミングの悪いことに充電が切れていた。俺はためいきまじりに携帯をポケットにしまった。自分の馬鹿っぷりがとことん呪わしい。
「どうかしたの、桜田君。元気なくない?」
 仕事がはけた後、地元の駅前で落ち合った里美さんが首をかしげた。
「ううん、そんなことないよ」
 ああ。里美さんにも申し訳ないことをしちゃったんだよな。自己嫌悪のあまりずーんとテンションが落ちて地面にめりこみそうになる。それもこれも、木下さんがおかしな質問するからだ。突発的に記憶喪失にでもなってくんないかな。階段から転げ落ちて頭を強打したりとかさ。
「悩みごとでもあるの?」
 むぐ、大当たり。だけど話せねえ。肩を並べて歩いていた里美さんが、ぽつりとつぶやいた。
「あたしといると、楽しくない、かな」
 ちっちがう! どういった了見でそーゆー結論になるかな!
「桜田君、やさしいから無理してんじゃないの?」
「なんでそんなこと言うんですかっ? ひどいです。俺、なにかした?」
 ううん、と里美さんは首を振る。
「してないよ。なーんにも、ね」
 ごめんね、と笑って里美さんが俺の腕に腕を絡めた。なんだよ、俺の気持ちをたしかめてんのか? 試してんのか? 女の子ってよくわからない。マザーグースのとおりに女の子が砂糖とスパイスと素敵なものでできてるんなら、俺にも理解できるはずなのになあ。
「わかってるでしょ?」
 ひっついてるところが柔らかくってぷにぷにしてて、えらくドギマギしてしまう。俺のほうは緊張してがっちがちのこっちこちだ。どーしてそんなナチュラルにふるまえるんだよう。俺のこと、人間だと認識してないのか? 銅像か石像だと思ってんのか? そりゃ、こんなに見事に固まってるけどさあ。
 俺はいつも戸惑ってばかりで、里美さんを困らせたりいやな思いをさせたりしているのかもしれない。それでも屈託なく接してくれるのがありがたくて、とてもじゃないけど振りほどくことなんかできない。里美さんのことを大事にしたい。大切に関係を育みたい。
「それでさ、木下さんとは仲いいんだよね?」
「はあ?」
 里美さんのいきなりの言葉に、俺は木下さんに対するのと同じようなリアクションを取ってしまった。うわわ、いかんいかん。あの人の名前だけでも条件反射が起こるのかよ。
「別に、友達じゃないからそんな」
「あたしに桜田君を取られて、やきもち焼いてるかもって思ったんだけど」
「ぜんっぜんそんなことないって。前に俺に、女の子と付き合えって言ってましたもん」
「ふーん。そうなんだ」
「だから、今の状況をよろこんでるはずだし」
「じゃあ、もっとよろこばせてあげようじゃないの」
 勇ましく宣言すると、里美さんは俺の腕をひっぱって手近な建物に連行しようとした。
 え。ええ。えええ。
 なんか、入り口に、休憩とか、一泊とか、値段とか、書いてあるんだけど!

20091004
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