ふるふる図書館


第11話 ターニング・ポイント turning point 1



 バイト先の休憩時間。スタッフルームでひとり椅子に腰かけてぼんやりしてたら、にかにかしながら木下さんが近づいてきた。俺の前のテーブルに片手をついて、脇から顔をのぞきこむ。
「で? 最近どうよ」
「どうとは」
「サトミちゃんとうまくやってるの?」
「はい」
 けんかしたこともないし、仲よく楽しく会話してるし。まったく問題点はない。これを順調と言わずしてなんと言う。
 木下さんのこの問いかけは、もうすでに何度となく俺に浴びせられていた。どこでデートしたのかだの。ふたりでなに食べたかだの。そんな情報どーすんだ。俺たちのこと心配してくれてんのか?
 だが今日のインタビューはさらにもう一段階つっこんだものだった。
「そかー。じゃあ大人のいろんなあれこれも済ませちゃったの?」
「……はあ?」
「ふむ。そのようすだとまだか」
「そ。そういうことじゃなくてですね! 今のは『なにを変なこと聞くんですかセクハラですか』という意味のこもった『はあ?』です!」
「じゃあ、どうなの本当のところは」
 木下さんがぐぐっと顔を寄せてきた。ひー。くっつきすぎだっての! 俺のほっぺたは勝手にぶわっと赤くなる。これは単なる純然たる条件反射だっ。あわててうつむいた。
 うそをついても真実を告げても、俺に不利だ。ひ、ひどす。
 のちのち困るのはうそをついた場合だ。どうせ恥ずかしい思いをするなら、正直になったほうが自分の首を絞めなくていい。
 俺はひざの上できゅっとこぶしを握りしめ、意を決して視線を合わせた。
「……した」
「ん? 下? なにもないぞ」
 うぬ、俺みたいなボケを……。
「……ました」
「間下このみちゃんがどうした?」
 ンモー(植田まさし風)。わざとかこの人!
「し、ま、し、たっ!」
 勢いに任せて断言したとたん、俺は耳から髪の生え際から毛穴から首筋まで瞬間湯沸かし器並みに茹だった。ティファールの電子ケトルよりも迅速に。
 木下さんはぽかんとして、きょとんとしている。どーだまいったか! と、この赤面さえなければもっとふんぞり返って勝ち誇れるのになあ。
「ほおーお赤飯か」
「そんなの炊かなくていいですっ」
 俺が言い返したときを見計らったように、他のバイトが近寄ってきて木下さんを呼んだ。なにか確認したいことがあるらしい。バイトと一緒に木下さんがスタッフルームを出て行く。「おっせきっはん♪ あそれ、おっせきっはん♪」と陽気に口ずさみながら。
 ど、どうしよう。言っちゃった……。俺はどくんどくんと痛いくらいに高鳴る心臓をもてあましながら、両手で顔を覆って固まってしまった。なんではぐらかすとかごまかすとかとぼけるとか話を逸らすとか話題をすりかえるとか、そういうスキルがないんだ俺は。

20091004
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