ふるふる図書館


第10話 リトル・アバブ・アベレージ little above average 1



「はにゃ?」
 木下さんが妙ちきりんな声を出した。はに丸王子かアンタは。
「彼女? いつできたの?」
「ついこないだです。木下さんがロンドンに行く前の日」
「聞いてないぞ」
「言いそびれました。すみません、ばたばたしちゃって」
「謝ることはないけどさーあ」
「報告しなくちゃってずっと思ってて。木下さん、心配してくれてたでしょ。彼女作れって言ってたでしょ」
「そんなこと言ったのか」
 谷村さんが木下さんに怪訝そうな顔を向けた。
「俺に言われたから作ったってこと?」
「ええ、まあ……そう、なるのか、なあ」
 小首をかしげて顔をのぞきこんでくる木下さんに、歯切れ悪く応えた。木下さんは、「ほっほーう」と感心している。ふくろうか関口宏か。
「なかなかやりますなあ。手際のよろしいこって」
 木下さんほどじゃない、と思う。
「この幸せ者が。いよいよお前も大人だなあ。このこのっ」
 にやにやしてる。
「その言い方、なんかやらしーですっ」
「どこがだよう。うっわあ桜田君ってえろいんだあ。えっちスケッチワンタッチ~」
「お風呂に入ってあっちっちー。って。死語ですよ。つか、そーゆー意味じゃないですって!」
 反論したものの、どうにも分が悪そうだ。俺は急いで立ち上がった。
「もう行きますね。待ち人いますから」
「俺も」
 木下さんまで腰を上げた。
「ずいぶんひきとめちゃったからさ。悪いことしたな。彼女とけんかになったら困るし。サトミちゃんには俺から説明するよ」
 木下さんは俺よりはるかにネゴシエーションやプレゼンテーションの能力に長けている。ここはお任せするのが賢明かもしれない。人間にはできることとできないことがあるって主張してたのは、不敗の魔術師ヤン・ウェンリー提督だったよな。
 谷村さんに挨拶をして、俺たちはスタッフルームを出た。

「ごめんなさい。すごく待ったでしょ」
 頭を下げる俺を通り越して、里美さんの視線は木下さんに注がれていた。
「すみません。俺が桜田君と話をしていて長引いたんです。俺のせいです」
「いやっそうじゃなくて。俺が説教されるようなことしたからです。俺が悪いんですっ」
「いーや。部下の不始末は上司の責任。お前の失態は俺の教育的指導の不足」
「桜田君の上司? お説教されてたの? それじゃあたしは怒れないよ」
「怒ってくださいぜひ。すべて俺の責任なので。街のポストが赤いのも電信柱が高いのも!」
「それいつの時代のギャグよ? おじいちゃんみたい」
 あはは、と里美さんが腹をかかえた。とうとうおじいちゃんですか。オヤジを通り越して。

20090510
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