ふるふる図書館


第8話 グリーン・スリーブス green sleeves 2



「ずっと気になってたんだけどさあ。あのとき、お台場であたしに告白するつもりだった?」
 再会早々直球内角どまんなか、核心にずばりとジャストミートされてぎょっとした。
「うん。まあ。そうかも」
「あはは、『そうかも』なんだ」
「里美さんにはその気なかったでしょうが」
「あたし、先手を打って逃げちゃったからね」
 静かな夜の暗い海をふたりで静かに眺めて。いや、静かだったのは表面だけで。俺は心臓がドキドキ言ってた。手をつないだほうがいい? なにか気の利いたこと言ったほうがいい? 俺のふがいなさ不器用さを心臓はひたすらドキドキと責め立てた。
 口を切ったのは彼女だった。
「今日は楽しかったねえ」
 だけど俺が反応する前に、里美さんがこう言ったんだ。
「女の子とはよく遊ぶけれど、男の子の友達とはないからね。またどっか行こうね」
「うん」
 友達か……。そうだよな。そう思って、俺はなにも言えず、里美さんとは友達でいようと思ったんだった。そのくせ、里美さんが卒業したら疎遠になってしまったってことは、やっぱり俺は彼氏になりたかったんだろうか。海に映って揺れるビルやレインボーブリッジのライトアップや、屋形船のにぎやかさがやけに侘びしく胸に染みこんでいったのは、そのせいだっただろうか。里美さんとのお出かけもそれきりになった。
「だけどね、後から反省した。ほんとはあたし、桜田君と付き合ってもよかったんだ」
 えへへ、と里美さんは笑った。
「桜田君、あっさり引き下がっちゃうんだもん。えーちょっとちょっと待ってよおって感じ」
 そうでしたかすいませんヘタレで。
「どう言えばよかったんですか」
「次は友達じゃなくて彼氏彼女として出かけようとかさ」
 そんな気の利いたことが俺に言えるもんか。彼女の口から即座にすらっと出てきたってことは、里美さんが何度も頭の中で考えてた台詞なのかもしんない。なんて考えるのはうぬぼれだろうか。
「今さら、だなあ」
「今さら、ですかあ」
 里美さんが俺の口まねをして、軽く誘った。
「またふたりでどっか行かない?」
「友達として?」
「『次は友達じゃなくて彼氏彼女として出かけよう』って。今言ったばかりなのになあ」
 またくすくす笑う。
 心臓がきゅっと竦んだ。
「マジで?」
「マジで」
 俺の頭の中に木下さんの声が響いた。女の子と付き合ってみたらどーかなあ。女の子と付き合ってみたらどーかなあ。女の子と付き合ってみたらどーかなあ。えいしつこい。三回もリフレインしやがって。
「わかった。そうしましょう」
「わっ。やった」
 俺はぽかんとしちまった。かくもあっさりと彼女ってできてしまうものなのか? しかも仕事中に。制服にエプロン姿で。ほんの数分の間に。俺のこのもてない二十年の努力はいったいなんだったんだ?

20090129
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