ふるふる図書館


第8話 グリーン・スリーブス green sleeves 1



 誕生日からしばらく過ぎて。放課後に俺はまたしてもせっせとアルバイトに勤しんでいた。
 遅番だと閉店後に仕事が多いが、開店中はお客さんがあまりいないから接客は少ない。今のうちに少しずつ片づけをしておこう。
「いらっしゃいませ」
 持ち場のフロアで若い女の子のお客さんに一礼してすれちがおうとしたところ、女の子は俺を見て表情を変えた。
「やっぱり。桜田君だ」
 俺はドキッとして、お客さんの顔を見つめた。
 大都会の駅の近くの書店であれば、知り合いに会う可能性は高いと予想はしていたけど。よりによってこの人とは……。
「里美、さん」
「久しぶりだねえ」
「うん。元気そうで」
「桜田君は、ここでバイト?」
「うん。二年くらいやってる」
「そっか。なんか、桜田君らしいね」
 里美さんは屈託なく言った。
「二年やってるのが?」
 尋ねると、おかしそうに里美さんはころころ笑った。ああ、変わってない。
「ちがうちがう、本屋さんってのが。似合うよ」
 そう見えるんだ……。高校時代の俺は、友達がいなくて、休み時間は本ばかり読んでいた。居所がなくて、時間をもてあましていたからだ。里美さんには、そういう姿ばかりが記憶にあるんだろうな。

「ねえ、なに読んでるの? おもしろい?」
 不意に話しかけられて顔を上げると、ひとりの女子が俺を見下ろしていた。昼休みの高校の中庭のベンチ。だから同じ学校であることはまちがいないけど、誰だかさっぱりわからなかった。見慣れているけどこなれた制服から、学年がちがうことは一目でわかった。ということは、先輩だ。俺は一年生だったから。
 俺はしおりをはさんで本を閉じ、表紙を見せた。
「なんて読むの? ハチボソン? ヨコミゾマサフミ?」
「やつはかむら。よこみぞせいし、です」
 せっかく女子が接近してきたのに、なんて本を読んでるんだか俺ってば。彼女は、禍々しさおどろおどろしさをいかんなく全面に押し出した表紙イラストを興味深げに眺めた。
「ふうん。知らないなあ。有名?」
「映画になってますよ。ドラマにも。金田一耕助って知らないですか? 金田一少年のほうじゃなくて」
「聞いたことはある。なんか古い話だよね」
「『祟りじゃ~~~っ!』は?」
「なあにそれ!」
 あははははっと先輩はおなかをかかえた。箸やらっきょうが転がってもおかしいってやつか。
「おもしろいねえ」
「そういうシーンがあるんです」
「ちがうちがう。おもしろいのは君」
「別に俺が捏造したわけじゃないですよ」
「だけどおっかしかった。『祟りじゃああああ』って!」
 たぶん彼女は勘ちがいしたのだ。俺のことを、本を読んでるから賢い出来のいいやつだと誤解したんだ。本も涼宮ハルヒとか、高校生に人気のそういうライトノベルじゃなかったし。ちらっとページをのぞきこんで、
「うっわ、字ぃ細か! 小さ!」
 なんてびっくりしていたくらいだし。
 でなければ、彼女がそれからも俺になにくれとなく近づいてきたことについて納得できなかった。
 ほどなく、ふたりは付き合っているんじゃないかという評判が立ってしまった。
 それは申し訳ないなあと俺は思った。彼女は社交的で友達が多くて、俺と大ちがいだった。もっとも、本人は肯定も否定もせず、けろりと俺と接してくれたけど。
「いいっていいって先輩なんて」
 そんなことを言うから、二こ上なのに、「里美さん」と呼ばせてもらった。
 俺だって十五、六の健全な男子であれば、少しは下心もあるってもので。このまま彼氏彼女になってしまうのもいいかなあという気もした。
 だから思い切って、里美さんを遠出に誘った。里美さんはやっぱりけろりとOKして、俺たちはふたりでお台場に行ったんだった。そう、恥ずかしいほど王道すぎるデートコースを邁進したのだ。

20090129
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