ふるふる図書館


第7話 リフレイン・ダイアローグ refrain dialogue 2



 俺がなにか言う前に、涼平は話題を変えた。
「コウちゃんは、どうしたいの。どうなりたいの。木下さんと」
「どうって」
 そんなこと聞かれても。人付き合いに、将来への視野なんかいれるかふつう。涼平とだって、七瀬さんとだって、レイさんとだって、「今後こうしたい、こういう関係を育みたい」なんて展望は特にない。あ、レイさんはもうちょっと俺にやさしくしてくれてもいいとは思うけどさ。
「別に。考えたことなかった。今までどおりでいいよ」
「そんなに悩んでるのに?」
「悩んでなんか、ねーよ」
「そう?」
「あの人のことがよくわかんないから。つかめないから。困ってるだけ」
「俺だって、木下さんのことはさっぱり理解できないよ」
「えっ涼平も?」
 意外だ。
「だけど俺はコウちゃんほど困ってないよ。なんでかわかる?」
 俺はちょっと考えた。
「それは……涼平と木下さんが、仲がいいからじゃないのか?」
 運転席のほうから、吹き出す声が聞こえた。どうにもがまんできないという風情で揺れてる肩が見える。なんだよ、俺は真面目に答えてんのに! ひどくね?
「ああもう。まいっちゃうよなあ」
 涼平は、俺の髪をさらさらなでた。
「困るよ俺だって。あの人が気持ちをはっきりさせてくんないと。どうしていいかわかんない」
 うつむいていてくぐもっていたけれど、涼平の声はそう聞こえた。

「大丈夫か?」
 翌朝、ダイニングキッチンで顔を合わせた兄貴が問いかけてくれた。
「平気。みんな大げさなんだよ、心配してくれるのはありがたいけど」
「みんなはともかく、俺が心配してるのはお前の将来だよ。そんなにアルコールに弱くて、料理人としてやっていけるのか?」
「うっ」
 料理にアルコールを使うことは多い。ずっとお子様ランチだけを作っているわけにもいかない。俺の調理師人生、始まる前から窮地に陥っているとは。
 兄貴は長かった髪を切り、自然な色に戻し、カラーコンタクトもやめている。ガキんときから見慣れてる、というフィルターをはずして見ると、つくづく美形だ。
 そういや、母親が、昨夜レイさんと涼平を前にえらい興奮してはしゃいでたなあと思い出す。
 木下さんと会ったときはそれほど浮かれてなかったんだよな。あんな頭くしゃくしゃでTシャツよれよれじゃあウケが悪いよなあ、辛口にもなるよなあ。どうしたもんかな。
 いや別に、あの人がうちの母親に気に入られようが入られまいが関係ないんだってば。
「ぼーっとしてないでさっさと食べなさい。遅刻するわよ」
 母親が俺の前にマグカップを置いた。そんなに叱りつけなくてもいーじゃねーかよ。俺ももう二十歳なのにさー。ほんと、二十年近くずっとずっと小言をたれ続けられてる気がする。よく飽きねーよなあ。たいやきくんだって、毎日毎日鉄板で焼かれていやになってんだ。俺もたいやきくんみたいにどこかへ脱走しよーかなあ。
「もう大人なんだから、お母さんにあれこれ言わせないでちょうだいよ」
「はあーい」
「それで? 明日はどうすんの? なにか予定はあるの?」
「いや、特には」
 クラスメイトとも彼女とも過ごす予定はございません。
「そう? まっすぐ帰ってくるのね? じゃあケーキとごちそう用意しておくわ」
 母親の顔はどこか嬉しそーだった。
 そう、だよな。特別な節目に家族と自宅で過ごすのも、いいよな。
「ごちそうは、いいや。俺が作るよ」
「ええ? お前の誕生日なのに?」
 母親が笑う。俺はことさらしかつめらしい表情をした。
「二十年間育てていただいたんですから。オヤコーコーのまねごとくらいさせてください」
「そうね。お前が作った料理のほうがおいしいね」
「へっへっへ。まーね」
 胸をはってみせたけど。俺は母さんの料理、好きだよ。

20090116
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