ふるふる図書館


第7話 リフレイン・ダイアローグ refrain dialogue 1



 レイさんが、俺と涼平を車で送ってくれた。
 七瀬さんはまだ店があるから、レイさんに任せたんだ。
 涼平が恋敵(?)とふたりになるのは気まずいというのはわかっていたけど、眠いわさっきの言動が恥ずかしいわで俺は後部座席でじっと目をつぶっていた。すまん涼平。
 レイさんの運転はスムーズで、危なげなかった。俺は免許ないから、車を動かすこと自体、まったくの未知の能力に思える。こんなでっかい金属のかたまりを自由に操れるだけで尊敬に値する。
 レイさんって、こんな車に乗っていたんだな。内装がシンプルで、シトラスが控えめに香って、無駄なものが一切なくて。
 人の車って不思議だ。プライベートな内面をのぞきこんだ気持ちになる。
 木下さんのシビックにはじめて乗ったときもそうだった。
 二年前の誕生日。迎えに来てくれる木下さんを待つ間、どんな車なんだろうってちょっとドキドキしてた。いや、見たことはあったけれど、中まではのぞいたことなかったから。
 交通安全のお守りだとか、ぬいぐるみだとか、そんな個性あふれる愉快でおちゃめでネタに走ったグッズはなかったけれど。それでも、ああ、こういう趣味なんだなあって思った。知らない領域に踏みこんだ気がした。
 どんな顔でステアリングを握っているのか、運転は荒っぽいのか慎重なのか、うまいのか下手なのか、雑なのか丁寧なのか、スピードは飛ばすのかゆっくりなのか、ルールは守るのか無視するのか、そつがないのかぎこちないのか、余裕があるのかないのか、音楽はCD派なのか、ラジオ派なのか。木下さんが運転できるって知ってはいても、そんなことひとつひとつを横で、すぐそばで確認できたことがすごく新鮮だった。
「次の交差点を左折してください」
 ボリュームを絞ったFMラジオから流れる曲よりも大きくカーナビの音声が響いて、俺を二〇〇八年の現実に引き戻した。
 まただ。なんだって、気づくと木下さんのことばかり考えてんだろ。どんなこともすぐ、あの人に結びつけんだろ。藤本さんが俺のことをなんでも木下さんのことに関連づけたがるみたいに。
 無意識に、頭を左右にぶるぶる振ってしまった。ついうっかり。
「コウちゃん、大丈夫? 目がさめた?」
「あ……。うん」
 ずっと狸寝入りしてたかったのに。おのれのあほさ加減を呪いながら、目をごしごし手の甲でこする。
「気持ち悪くない? もう少し寝てたら? まだ着かないから」
「ごめん」
「こっちによりかかる? その体勢、きつくない?」
 俺は隣に座る涼平の肩に素直に頭を載せた。振動がここちよかった。涼平が、そっと尋ねる。
「ねえ。木下さんと、なにかあったの?」
 その問いを俺はきっぱり否定することができた。涼平の体にすりつけるように、強くかぶりを振った。
「ああ。なにもないってことなの」
 そう。ないんだ。木下さんとの間に、なにも。それがよかった。それでよかった、はず、なんだ。
「俺だったら、コウちゃんを悩ませることはしないのにな。絶対」
 ぽつりとこぼした涼平のつぶやきに、俺はうなずいた。
「うん。わかってるよ」
「わかってないよ」
 くすり、とおかしそうにもれる笑い声。

20090116
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