ふるふる図書館


第6話 ルビー・チェリー・ジェリー ruby cherry jerry 3



「わっサンキュ。あけていい?」
 涼平が小さくうなずくのをたしかめてから、包みをほどいた。こじゃれた黒いパッケージから、これまた黒を基調とした、まるくてスタイリッシュなデザインのボトルが出てきた。
 フレグランス。ブルガリのブラックだ。
「よかったら使ってくれると嬉しい」
 食事の席なのでおおっぴらに使えない。鼻のあたりにボトルを持っていった。
「あれ?」
 心にひっかかりをおぼえて、涼平の首筋にも鼻を近づけた。今日は弱めだけど、でも。くんくんしながら言ってみた。
「涼平がつけてるの、これ? 前は教えてくれなかったじゃん」
 香水はなにを使ってるのかたずねても、ちょっとはにかんだみたいにはぐらかされたんだっけ。俺もブルガリを使ってて、お揃いみたいで恥ずかしかったのかな。だけど、俺たち両方とも携帯がauだったことが発覚したときは嬉しそうだったんだけどなあ。
「よく、わかったね」
「だってさ。涼平そのものって感じだもん。甘いけど甘すぎないし。さわやかだし大人っぽいし、くせが強すぎないし、毎日でも飽きないし」
「……俺が?」
「うん。好きだ」
「え……っ?」
「この香り、好き。ありがと」
「コウちゃん……」
 涼平の声にためいきがまじってる。あ、食事中にこんな行儀の悪い体勢で、呆れてんのか。よりかかっていた涼平から離れて、よいしょっと体を起こそうとするけど、力が入らない。くたん、とまた相手の腕にもたれてしまった。おかしいな。
 目がうるんでいるのか、視界がぼやけてる。とろんとする。
「コウちゃん、酔ってるね?」
「えええ? ましゃか。あれぽちで。そーんにゃことにゃい」
 あれ、呂律が。
「そんな声と顔して、そんなふうに抱きつかれたら俺、まいっちゃうんだけど」
 まいっちんぐマチコ先生か。
「どんなかおー?」
 たいした脳みそがつまってるわけでもねーのに頭が重くて、かくんと首をかしげてしまった。
「ほらそういうの」
「んー?」
 考えるのが面倒になって、目をつぶった。ついでにほっぺたを涼平の腕にこすりつけてみる。
「どうかしたの?」
 ほかの仕事が一段落ついてカウンターに戻ってきたらしい七瀬さんの声がした。涼平が事情を説明すると、「ごめんなさい」と謝った。
「こちらの手落ちです。本当に申し訳ありません。もしよければ落ち着くまで、家で休んでいってください。ここから近いですから」
「ありがとうございます。でも俺、タクシーで送っていきます。明日は学校あるんで」
「タクシー、高いよう。らいじょーぶ、ちゃんと帰れるからあ」
「俺、車も、このへんに家も持ってないんだ。木下さんの代わりできなくて、ごめんね。それとも、木下さんに連絡して泊めてもらう? それが一番いいんじゃない?」
「どおしてすぐ、木下さんの話になるわけえ? いーの、あの人のことはあ」
 そーだ。こーなったら支離滅裂な会話をしてやる。酔っぱらいのタワゴトだと思ってもらえるうちに。ほんとは、それほどガチで酔ってるわけじゃねーんだけど。いくらなんでも、下戸とはいえワインゼリーごときにやられる俺じゃない。
「ねーりょーへい? 誰か、女の子、紹介して?」
「女の子?」
「うん。だってさ、木下さんに言われたんだもん。女の子と付き合えってさあー」
「木下さんが?」
「うん。木下さんが、そー言ったあ……」
「せっかくのコウちゃんの頼みだけど、紹介するのはむずかしいな。ほかの誰かと付き合ってるところ、あまり見たいものでもないし」
 涼平はいつでも俺に親切だ。その涼平ができないって言うなら、無理なんだろう。俺、甘えてる? 駄々こねてる? 突如、視野のぼやけっぷりが勢いを増した。
「うわあコウちゃん? 泣いてるの?」
 びっくりしたようすで涼平が俺の目元を拭う。俺の馬鹿。もっと困らせるよーなことして。目にごみが入ったなんてしらじらしい言い訳は逆効果だよな。
「ち、が、う。涙腺がゆるんでるだけ……。酔っぱらいだからあ」
「正直なのも酔いのせい、かな?」
 口をひらけばひらくほど墓穴を掘る予感。木下さんに女の子と付き合えって言われたから泣いてるって誤解されるじゃん、これじゃ。

20081013
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