ふるふる図書館


第6話 ルビー・チェリー・ジェリー ruby cherry jerry 2



 さらりとした前髪と眼鏡のレンズごしの目がみひらかれた。
「うん。こんなにヒントを出したら、そうだろうね」
 つぶやいて、まつげを伏せてうつむく。
「ごめん……。せっかくのコウちゃんの誕生祝いの席で、こんな変なこと」
「謝るなよ。俺、人の気持ちにはいろんな形があっていいと思うし」
 おずおず、といった感じで、涼平が顔を上げた。
「迷惑とか、思わないの」
「思わねーよ。俺、この手のことに経験も興味もあんまないからさ、無責任に応援するとか協力するなんて言えねーけど」
 涼平が一瞬固まった。うげ俺、失言?
「コウちゃん、なんか、誤解してない?」
 涼平の瞳がすいっと細められた。俺をからかったさっきとは、迫力が段ちがいだ。
「えと……なにが」
「俺の相手、誰だと思ってんの」
「へ? なな」
 七瀬さん、と皆まで言わせず、俺の口をフルスピードで涼平の手がふさいだ。
「んぐ、うぐぐ」
 もがく俺の耳に唇を寄せた。うわ、くすぐったいって! ふわりと空気が動いていい香りがただよった。おのれの酸素の確保も危ういってのに、涼平のフレグランスを敏感にキャッチしているあたり、俺の嗅覚もたいがいのんきだな。
 涼平はのんきどころでない真剣さで鋭くささやいた。
「だめだよそんな恐ろしいこと、たとえ冗談でも。春日さんに聞かれたら殺されちゃう」
 意味もわからず必死にこくこくと首を上下に振ったら、ふっと力がゆるんで解放された。
 そっかあ七瀬さんか。想像以上に高嶺の花だな。
「そこのふたり、楽しそうだな」
 沈着冷静かつ、よくとおる声に振り返ると、いつもどおりの仏頂面のレイさんが腕組みして立っていた。
「え。えーと。あのその」
「ちょっと春日ー。お皿出すの手伝ってー」
 硬直した俺にちらりと笑いらしきものを投げると、七瀬さんの呼びかけに応じてレイさんは歩き去っていった。きびすを返すしなやかな動きが、どうにも猫科の猛獣ぽい。
 うん、こりゃ寿命縮むわ、ごもっとも。

「わーうまそう!」
 俺は女の子みたいな歓声を上げてしまった。
 俺たちが頼んだお茶と一緒に供された七瀬さんお手製のスイーツは、真っ赤なさくらんぼがたくさん入った、すきとおった真っ赤なゼリーだったのだ。
「宝石みたいですね。きれい」
 俺が感動して眺めていると、七瀬さんがにこにこと解説してくれた。
「七月の誕生石をイメージして作ったの」
「『そうね誕生石ならルビーなの』ですねっ」
「そうそうそれ! さすが桜田君、『ルビーの指環』を知ってるとは! 懐かしいなあ」
 さくらんぼは佐藤錦。ゼリーは、
「赤ワイン入ってますね」
「あ。だめだった?」
「えっ、だいじょうぶですよ! これくらい平気の平左ですっ」
 甘くてすっぱくて冷たくてつるりとのどをすべっていって、とてもおいしい。鮮やかな赤い色が食欲をそそる。
 食べ終わるころ、涼平が聞いた。
「コウちゃん、木下さんはほんとに来ないの?」
「うん、仕事だから」
「そう。木下さんになにかお祝いしてもらうの?」
「うん、もうしてもらった」
「そう。先を越されちゃったのか。残念」
「なんだよ、順番なんて関係ないだろ。大事なのは気持ちなんだしさ。ありがとな涼平」
 笑って涼平を見ると、涼平は俺のまなざしを避けるようにして自分のかばんの中をごそごそしはじめた。いつも俺のことまじまじ凝視してくるくせに、変なの。
 と思っていたら。
「これ……プレゼント」
 小さな箱を取り出した。

20081013
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