ふるふる図書館


第6話 ルビー・チェリー・ジェリー ruby cherry jerry 1



 木下さんの実家をおいとまして、次に向かった先は喫茶店『ハーツイーズ』。
 ドアを開けると同時にからん、と軽快に鳴ったベルの音に、奥にいた七瀬さんが俺に気づいた。
「いらっしゃい桜田君」
 ふわりと微笑む。あー、やっぱりこの人はいつも可愛い。和む。癒される。レナード現象大炸裂。1/f揺らぎ出てね? はたまたフィトンチッド?
 俺の誕生日をおぼえていて、ささやかだけどお祝いしましょう、と誘ってくれたのも七瀬さんだった。やさしさに包まれすぎて、目にうつるすべてのことがメッセージに見えそうだ(song by ユーミン)。
「コウちゃん」
 カウンター席に座っていた涼平が俺に手を振る。その横に俺もすぐに腰かけた。
「来てたんだな涼平」
「来てたよ。それって、どういう意味?」
 柔らかな笑みがすっと消える。俺は焦った。
「あ……ごめん。だって……涼平、声かけると必ず来てくれるから」
「ふーん。暇人って言いたいの?」
 ついとそっぽを向かれた。
「いやちがくて! 忙しいんじゃねーかと思って。バイトとか、サークルとか、合コンとかデートとか、いろいろあるんだろ」
 あわてる俺のことをくすくすとおかしげに笑って、顔をそむけたまま涼平は軽く握った手を口元にあてていた。なんだ、からかっただけかよ!
「合コンもデートも行かないよ。コウちゃんといるほうがいい」
 涼平は俺の目をまっすぐのぞきこんで言った。だいぶ慣れたけど、やっぱり照れくさい。改めて観察すると顔立ちがますます大人っぽくなったし、背も伸びた気がする。
「付き合ってる子は? いねーの?」
「うん」
「ゼータクだなあ」
 俺が怒ってみせると、涼平は首をかしげた。
「贅沢……?」
「そーだよ。どーせモテモテなんだろ。引く手あまたで買い手市場なんだろ?」
「いやそんなこと、ないけど」
 苦笑するその表情だって、申し分なくかっこいい。俺が女だったら絶対ぽーっとなるに決まってる。ちくしょう、謙遜なんていやみなまねを。
「どーせ理想が高いんだろ。高望みしてんだろ。どーゆー子がいーんだよ?」
「へえ。めずらしいね。コウちゃんがそんなこと聞くの」
 ほおづえをついて、俺のことをじいっと見つめた。視線を逸らすことなく、数えあげるように、ゆっくり列挙していく。
「身長はそれほど高くなくて、平均より低め。肌はすべすべできれい。体型は細いほう。髪は自然なままの色で、やわらかそうでさらさらしてる。ピアスの穴はあけてない。どちらかといえば童顔」
 一度言葉を切る。それで? と俺がうながすと、少しためらったような顔をしたが結局続けた。
「態度は謙虚。からかわれるとすぐにむきになる。料理が得意。あまりおしゃべりじゃなくて、読書が好き。同年代の子が知らないようなことも知っている。流行に疎くてチャラチャラしてない。お酒に弱い。ちょっと天然で可愛くて真面目で一所懸命。感情は素直に表に出す……」
 ずいぶん具体的だな。ひたぶる感心していたら、
「鏡見たことあるか?」
 呆れた声とともに、レイさんがお冷やのグラスを出してくれた。なにか顔についているのかと、ごしごし手でこすった。
 それにしても、涼平の好みのタイプは初耳だった。ふうん。そういう人がいいのか。緊張した面持ちで、涼平はグラスを両手のひらに包みこんでいた。
 あれ、もしかして。俺の頭の中で木魚の音がポクポクポク。
「それって、特定の誰かのこと?」
「ん。そう」
「俺も知ってる人?」
「まあ、ね」
「告ったりは?」
「してない……できない」
「なんで?」
「相手は俺のこと、そんなふうに思ってないから」
 チーン。一休さんばりにひらめいた。
「悪い。それ、誰のことかわかっちゃったかも」

20081013
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