第2話 トーキョー・ブギウギ tokyo boogie-woogie 3
「公葵?」
俺を呼ぶ低い声が、耳たぶをくすぐった。
「わっ。うわあっ! なんですかっ」
はたと我に返った俺はもがきながら無我夢中で、枕でぽすぽすと木下さんを打ちすえた。
「こらこら待て待て興奮すんな。はい、どうどう」
俺は馬かよ。なんて胸中でツッコミ入れると同時に。
ばさり。
音がした。
俺のバッグがじゅうたんに落ちて。中身が散らばって。木下さんにしっかり見られた。
「これはっ、これはちがう、ちがうんです!」
俺は手足をばたばたさせて必死で叫んだ。泣きそうだ。いやすでに半べそだ。
いったい俺、なんだってバッグに入れてきてんだ。藤本さんのくれた本を……。無意識のうちに。カバー(うちの店の)がかけられていたのに、よりによって中身をばっちり示すようなページがこんにちはと顔を出している。神さまはなんてご丁寧かつ完璧な仕事ぶりなんだろうか。
木下さんが俺の頭に手を置いて、ぽんぽんと軽くたたいた。
「藤本か? お前にこういう本をよこしたの」
俺はすがるようにこくんこくんとうなずいた。
「やっぱりな。つまんねーこと考えやがって。あいつには後できつーいお灸をすえとくからさ。俺も悪かった。ほら、泣くな」
「泣いて、ませんっ」
全身全霊で否定。
木下さんがなだめてくれたおかげでなんとか気持ちが平常運転になってきて、いからせてた肩を落として吐息をついた。
「俺、本屋さん失格ですね」
「唐突にどうした」
「ファンもいるのに、俺、こんなにこーゆー本を拒否しまくって。お客さんに失礼だ。木下さんは寛容なんですね」
「ほへえ。そんなほめられ方ははじめてだ。でもま、しかたねーさ。どうしても受けつけられないものだって世の中にはあるし。うん。しょうがないって」
こともなげに木下さんは本を拾いあげて、ページが折れてないか全体がゆがまなかったかを確認した。
「もしかして、この手のもの読んだことあったりしますか?」
この人は相当な読書家なのだこー見えても。
「まあな」
「ふうん。相変わらず手広いんですねえ。で、どう感じましたか?」
「そーさなあ。ふつうに読めるぞ。他人事じゃねえっつか」
他人事じゃ、ない?