ふるふる図書館


第2話 トーキョー・ブギウギ tokyo boogie-woogie 2



 これまた立派なトイレで深呼吸して気分をせっせと落ち着けてるうち、部屋が妙に静かになった。
「木下さん?」
 呼んでも返事がない。スリッパを履くのも億劫で、素足のままベッドに歩み寄ってみた。そーっとのぞいてみると。
「ありゃ」
 木下さんはそのままベッドに横たわって、平和な顔して眠ってた。
「ちょっ、はえーよ。夜はまだまだだろ?」
 とりあえず、冷房の設定温度を下げた。ベッドに座ろうとしたらちょっと木下さんの体が傾いたので、そろそろと体重をかける。
 しばし木下さんをしげしげと観察してみた。狸寝入りでもなさそうだ。無心にすうすう寝息を立てている。疲れてるのかなあ。起こすのも悪いし。あーあ。どうしよう。
 なんとも手持ちぶさたで、俺はそばに置いておいた自分のバッグを探ったりした。
 ふとその手が凍りついた。さあああっと血の気が引く音が耳元で聞こえた。
「あ。悪い。ほんの一瞬、瞑想してた」
 どっきーん。なんて、漫画だったらオノマトペがコマにでかでかと書きこまれるにちがいない。
 なんでまたタイミングをみはからったかのよーに目をさますんだこの人は。罠じゃねーのか。わざとじゃねーのか。
「いえっ。いいんです」
 あたふたと俺はやばいブツをバッグの奥底に隠そうとした。
「どした?」
 手首をあっさり握りこまれて動きが止まってしまう。がくがくがくがく、壊れた人形のように俺は首を左右に振った。
 木下さんの力が不意にゆるんだ。俺もうっかりつられてホッとする。その隙をみすみす看過する木下さんじゃなかった。俺の秘密を暴こうと、すかさず波状攻撃をしかけてきたのだ。
「ぎやああー。うわああー。駄目ですっ。だめー!」
「ほれほれ。よいではないかよいではないか」
「あーれーおやめくださいお代官さまあ。ごむたいな。わたくしはまだオボコ娘でございますー。ってなにを言わせんですか馬鹿あっ」
「お前だってノリノリだったくせに」
「駄目ったら、だ、め、で、す!」
 真っ赤になったのは「オボコ娘」だからってうっかりカミングアウトしたせいじゃねーし。木下さんの両腕が抱きつくように俺にまわされてるせいでもねーんだからな!
 俺は奪われまいと死守しようとするあまり、バッグを胸にかかえこんだ。不意に視界がくるりと回転した。ぱふっと軽い音がして、俺の後頭部を柔らかな羽根枕が受け止めた。
「あ……」
 ふたりしてベッドにもつれこんで倒れたんだとわかった。木下さんの重みとか、体温とか、まなざしとか、息づかいとか、匂いとか、もろもろが俺にのしかかってる。びくっとして。苦しくて。鼓動が速くなった。
 思わず目をつぶった。それは……まぶしかったからだ、天井の明かりが。急速に戦意が喪失して、ふっと力が抜けた。

20080709
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