ふるふる図書館


第1話 バースデー・デート birthday date 3



「全部読んだ? どうだった?」
 藤本さんから電話があったのは昨日のことだ。
「あのう。なんで俺にああいう本を?」
 しごくもっともな疑問を口にすると「うふふふ」と笑いが返ってきた。
「思い当たる節ないの?」
「ないですけど」
「やあねえ。いるじゃないの木下君が」
「は? 木下さんがどうしたんですか?」
 びっくりしてたずねると、「あらー」と気の抜けたような声と、ぽつりと独り言めいたつぶやき。
「かわいそうな木下君」
「え? どういうことですか」
「ううん、いいのいいの。がんばってね、明日」

 いったいなにをどうがんばればいいのかわからないまま今夜を迎えてしまった。
 藤本さんは俺たちの関係に変化を期待したんだろうか。
 そりゃ、木下さんにむかついたりイラッとしたりはするけど。でも。
「桜田、これうまいぞ。食べてみ」
「ほんとだ。うまー」
「あっ大変」
「えっ」
「落っこちてるぞ、ほっぺた」
 今のままで充分楽しいんだから、別にいいのに。
「二年前も、木下さんにごはん連れていってもらいましたよね」
「そーだったなあ。お前まだ高校生だったなあ」
「来年は社会人ですよ。木下さんの誕生日はどこかおいしいお店に連れていきますね」
「俺は、お前の手料理がいちばんいいなー」
「そーですか? 欲がないなあ」
 心臓がドキリと飛び跳ねるほど嬉しいのに、そんな返事が口から出てしまう。木下さんもだけど、俺って二年前から成長ないなあ。通ってる専門学校が木下さんの職場の近くだから、書店のバイトも結局辞めることもなかったし。照姫やヤマトナデシコだって七変化くらいやってのけるのに俺ときたらさっぱり変わってない。
 俺の部屋にあるエアプランツも、二年前の誓いに反してちっともバスケットボールのサイズに届かない。大きくなるにはどのくらいかかるんだろう、十年? 二十年? 俺は木下さんとのつながりを断てないんだな、このミッションが終わるまでは。
「だけどさあ」
 木下さんがのんきな口調で話題をかえた。
「誰も本気になんてしないと思わんの?」
「なにがですか」
「お前とデートってさ」
「ああ、ええ、そう。そうですよね。冗談かって思いますよね」
 確かに。なんだって俺マジに周章したんだろ。バイトに顔出せないなんて大げさすぎる。
「それともなにか? 狼狽するようなことでもあんのか?」
「ないですっ。ないですから!」
 大きくなりかけた声を懸命にひそめた。俺は木下さんよりは空気が読めるんだ。
「怒るなよ。いやさ、お前に好きな相手がいたら悪いじゃん」
「ああ、そりゃ、彼女はいませんよ。いませんけどね。木下さん。純情可憐な少年だった俺にあんなことこんなことをした責任は取ってくれないんですか。取るって言ってませんでしたっけ?」
「取っていいのか?」
 低くなった声音と瞳が艶を帯びた。悪巧みまんまんの顔つきだ。もしかしてまた墓穴掘った?
「ま、まさか。おもむろにポケットから鍵を出してちゃらちゃら音立てながら『実はホテルに部屋を取ってるんだ』とか言う気じゃないでしょーね?」
 木下さんは、くくっと笑い出した。
「お前いつの時代のドラマにかぶれてんだよ? それに今どきのホテルはカードキーも多いんだぞ」
 否定するのはそっちです?

20080707
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