ふるふる図書館


第1話 バースデー・デート birthday date 2



「はいこれ。勉強になるから。次の土曜日だっけ、木下君と会うんでしょー? それまでに読んでね」
 藤本さんに渡された数冊の文庫本。渡されたというより、
「途中で投げ出さないように。感想聞くからね」
 押しつけられたというほうが正確かもしれない。
 俺は当然、律儀にすべて目をとおした。だけど。
「無理無理無理、むーりー。ぜってー無理だって! ありえねーから!」
 身をよじって頭をかきむしってベッドをごろごろころげまわる夜な夜な。
 現実味がなさすぎる。もしこういう人生送っている人が本当にいたら申し訳ないけど、俺とはまるで別世界だ。似て非なる別次元だ。だららららん、だららららん、「世にも奇妙な物語」のテーマソングがぐるぐるぐるぐる。
「なんで同性愛者だらけなんだ? なんでそんなにあっさり恋愛関係に陥る? なんでそんなにすんなり肉体関係が結べる?」
 要するに、木下さんの同窓生にして継母である藤本さんの贈りものとは、ボーイズラブとかBLとか呼ばれるジャンルのものだったわけで。存在自体は知ってたものの免疫のない俺には別の意味でおおいにめくるめくワールドだった。ツッコミ大炸裂。
「えっと、えっと、受けとか攻めとかって女役と男役ってことだろ? なんで自然とそーゆー役割分担が決まってるわけ? けんかになんないの? もし俺だったら年下だし経験がないから女の役割に回されるのか? そんなの、でき、な……」
 そこまで考えて、俺は耳や首筋や頭皮の毛穴まで火照ってしまった。
 俺、今、誰とのことをイメージした?
 そーだ、藤本さんが、木下さんと会うまでに読むようになんて言ったから刷りこまれただけだっ。ほかに理由はない! きっぱりない!

「桜田? どうかしたか」
 回想にひとり悶死しそうになっている俺に、木下さんが声をかけてきた。
「な、なんでもないです……」
 はあはあと荒い呼吸を鎮めようと俺は尽力した。顔が上気するわ涙もうっすら浮かぶわで、木下さんの姿がぼやける。
「俺、なんかいやなこと言ったか?」
「ちが、ちがいます、そうじゃなくて」
 木下さんに怒っていたはずなのに、俺の口は勝手にそんな言葉を紡いでしまった。あーもうっ。俺、この親子にはめられてんじゃないだろか。敵ながらあっぱれ、みごとなチームプレイだ。
「そうじゃなくて?」
「その本のこと考えたら、胸が苦しくなって」
「そっか」
 木下さんが俺の目元をそっと指で拭ってくれた。なに、俺、乙女な発言しちゃった? ぎゃあ、誤解だって!
「よほどいい話だったんだな。どんな内容だった?」
「言えません言えませんってば。これは俺が墓場まで持っていきますっ」
「恥ずかしがっちゃってまあ。ほんとお前、可愛いよなあ」
 二十歳にもなってまだそれ言われるか。だけど真相を知られるくらいなら、勘ちがい(いや妄想?)されたままのほうがまだマシか。うぐぐ。

20080707
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