ふるふる図書館


第26話 ハッピーエンドはまだこない。2



「コーキ。俺は悔しい」
「はい?」
「フジモトってさ。男と男をくっつけんの好きなんだよ。その手の小説も昔っから愛読してる」
 俺も書店でバイトしているからぴんときた。表紙のイラストがどーにも恥ずかしいあれだ。けっこうな売れ筋なんだよな。
「高校んときから、木下君と誰それ君はアヤシイだのなんだのいろいろ言ってた。妄想ならつつましく自分の頭ん中だけでやればいーのに。あんな女となにが楽しゅうて家族にならんといかんのか」
 いきなり語り出された木下さんのトラウマ談(なのか?)に俺は呼吸をつめて聞き入ることしかできない。笑えばいいのか深刻になればいいのか、ずいぶん困る。
「うう。フジモトの直感が当たったら腹立つ。フジモトの期待どおりになったら癪だ。フジモトを喜ばす展開になったらムカツク」
「葛藤って。そのことですか?」
 なんのことだかよくわからん。けど、木下さんの苦悩を取り除いてあげたかった。
「木下さんが思うとおりにすればいいんです。人の思惑なんて気にしちゃ駄目です」
「そうか?」
「そうです」
「そう思うか?」
「そう思います」
 力強くうなずいた。
 木下さんはぱっと顔を上げた。にかっと笑う。さんざっぱら目にしているその表情に、咄嗟に身の危険を感じた。しかしすんでのところで対処が遅れた。
 木下さんの腕の中で、俺は懸命にじたばたもがいた。
「ちょっ、なにするんですかっ」
「思うとおりにすればいいんだろ。誰かの思惑なんて関係なく」
「アンタはいつもそんなの頭にないじゃないですかっ。もーちょっと気にしたほうがいいんです! 欲望と本能のおもむくままに突っ走れだなんて言ってないっ。俺のことだましたでしょ、うそつき!」
「うそなんかついてねーよ。隠しごととか言ってないこととかごまかしてることはあるけどさあ」
「同じことでしょっ!」
 いや。それを言うなら俺だってそーだ。隠しごとも、言ってないことも、ごまかしてることもたくさんある。自分のことがわかんないわけじゃない。目をそらしてるだけだ。
 俺はあがくのをやめた。きっと無駄な抵抗ってやつだから。潔く観念してやろーじゃねーかよ。
 急におとなしくなった俺に、木下さんは攻撃をゆるめてしまった。んだよもう。って残念がるなよ俺。
「そーだ、木下さん。明日の山内さんのシフトってなんですか?」
 大学生のアルバイトの名前を出してみた。
「ほへ? なんだっけ」
「じゃ、本橋さんは?」
「んーと。休み。あれ、遅番だったかな?」
「吉井さんのは? 阿東君のは? 中川さんのは?」
「……はて」
「わかりました」
 俺は笑いがこみあげてきて、木下さんの肩に顔を突っ伏せてしまった。なんだ。この人、俺のシフトしか把握してないんじゃん。
 おかしい。
 おかしくて……
 可愛い。
「なにがわかったんだよ?」
 木下さんが突然、俺のほっぺたを片手で包んで上向かせた。
「わっ」
 俺はあわててまぶたを閉じた。いま瞳の中をのぞかれたら、気持ちがあふれてこぼれて容易く読まれちまう。やっぱそんなの恥ずかしすぎる。無理!
「お前のここ、うまそーだなあ」
 ちょん、と指で唇をつつかれた。
「ここも。ここも」
 ほっぺにちょん、鼻の頭にもちょん、ずいずいずっころばしのつもりかよ。また俺を食う気かよ。「あらしのよるに」かってんだ。
 顔面をぎゅっとしわくちゃにした。こそばゆすぎる。どこがってもちろん触られてるところがだ! 即物的にくすぐったいんだっ。胸の奥とかそんな場所じゃねー。
「すっげーしかめ面だな。いやなのか? 照れ隠しか? うまそーってゆーのが、お前にとって最高のほめ言葉だろ?」
 へっ?

20080115
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