ふるふる図書館


第25話 コンサルタントはむずかしい。1



 そういえば、ちょっとそのへんをドライブのつもりだったんじゃなかったっけ。なのに自然に予定変更されて、木下さんのアパートに向かっている。それは別に異議を申し立てることじゃないから黙っていた。
 木下さんは、ちょこっと口数が減った。俺が話しかけるといつもみたいにへらへらリアクションしてくるけど。どうしたんだろ、やっぱり自分のお父さんと同窓生にあんな刺激的なとこ見せられたら気分を害するんだろうか。
 カーステレオは、八十年代の洋楽を流していた。
「これ、『ファイナル・カウントダウン』でしょ。ヨーロッパの」
「よく知ってるな、若いのに」
「俺だって八十年代生まれですよ、木下さんと同じでしょ」
 リズムに合わせて体を揺らしながら俺はふとおかしくなった。
「谷村さんのより、こっちのほうがよっぽどデート向けじゃないですか? あ、かけてみてもいーですかさっきの。すげー気になる」
 つい先ほどは聞きたくないなと思ったのに、どういう心境の変化か自分でも謎だ。
 くだんのCDをセットすると、しめやかなイントロが流れてきた。大川栄策の「さざんかの宿」だった。
「うわ、不倫だ不倫の曲だっ」
 俺はツボにはまって笑い出してしまった。
「盛り上がってんなあ」
「いやあ、演歌ってなんでこう濃くてディープかなあって思って! ウケますよお」
「うーん、谷村のセレクションは的を射ていたのかあ」
 なんだと? 冗談じゃなかったのかこれ。変わってんなあデートで演歌かあ。ありえね。
 谷村さんといえば。木下さん、谷村さんに俺と仲がいいって話をしてたんだっけ。どーゆー意図なんだろうと思ったけど、どことなく口に出して尋ねるのが恥ずかしかった。

 ほどなく木下さんのアパートに到着した。それほど古くもない、少ししゃれた建物の二階建てだった。その二階の角部屋。
 実家の部屋はきれいに片づいていたけど、こちらは少々雑然としていて、木下さんの匂いがした。1DKで手狭なはずなのに、空間をうまく使ってる。
「適当に座ってな。飲むもの持ってくる」
「いえ、おかまいなく」
 と言った絶妙なタイミングで、腹の虫が派手に鳴いた。
「う。すいません。夜まだ食べてなくて」
「そっか。呼び出して悪かったな」
「いいんです、俺がぐずぐずしてて食いはぐっただけで。あ、木下さんは食べました? もしよければ作りますよ、材料があれば。それに俺、木下さんに手料理ゴチする約束してたし」
 俺、木下さんと反比例するよーによくしゃべってる。つかえてた石がのどから取れたみたいに。なんでだろう。
「いいよ、今度で。疲れてるだろ」
「じゃあ、……また来てもいいんですか」
「また来たいのか?」
 質問に質問で返すのはルール違反なのに。なんていう抗議を許さないような声だった。甘くて、しっとりしてて、ふわふわしてて、シフォンケーキみてーだ、それもラム酒入りの。くそう酔うじゃねーかよなんでそーゆー声出すんだよ前触れなしにさあ。こっちにも心の準備ってもんがっ。
「あ、し、宿題も教えてくれるんでしょ?」
「ここで? お前んちでもいいけど」
「教えてもらうんだから俺から出向きますよ」
「迎えに行ってやるよ、電車賃かかるぞ」
「それじゃ意味がないです、ガス代かかりますよ。そんなに近くもないんだから」
「じゃあ、うちで泊まりこみの合宿する?」
「え」
 またおもしろい発想だな、と目をぱちくりさせたら、
「なーんちゃって」
 言い捨ててくるりと背を向けキッチンに行ってしまった。なんだよう、ちょっと楽しそうだと思ったのにー。懐かしのなんちゃっておじさんかよっ。

20080114
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