ふるふる図書館


第24話 スイートホームはやっぱりあまい。3



 腑抜けみたいにぽかんとしていたら、ノックの音に続いてドアが開いた。
「はい。麦茶とお菓子」
 奥さんがお盆を手に立っていた。
「ありがとうございます」
「気が利くな」
 ほめ言葉とは裏腹に、木下さんはうさんくさそうにした。
「そ、息子のオトモダチが遊びに来たらお茶を持ってくるのがハハオヤの務めでしょ? で、オトモダチにネホリハホリ聞くの、息子はよそでどんなふうなのか、とか」
 義理の親子にしては気安い会話だな。ぎくしゃくしてもなさそうだしよかったと、ふたりを等分に見比べて感想を述べた。
「仲いいですね」
「こいつとは、高校の同窓生なんだよ」
 う。そりゃなんか、きついかも。もし俺の同級生がウチの親と結婚したらと想像するだに、けっこうヘヴィだ。
「そちらも仲よさそうじゃない?」
 奥さんは俺たちの前に座りこみ、身を乗り出して長居するかまえを見せた。木下さんはそっけない。
「お前酔ってんだろ、ダーリンのところに帰れば」
「あらふたりっきりになりたいの? この子、桜田君だっけ。可愛いもんねえ、さっきも真っ赤になってたし」
 ち、ちがーう。別にウブだから赤面していたわけじゃないぞ。不倫現場に踏みこんだかと焦っていただけだし!
 なんて仔細漏らさず説明すると俺の馬鹿さ加減が露呈しそうなので、黙ってひたすら頭と手をぶんぶん振ると、なぜか奥さんは嬉しそうだった。子犬とか子猫とか、愛玩動物を見るようなまなざしだ。なるほど、嫁がよろこぶ、ね。そのとおりだった。うう。
「出るぞ。子供の教育に悪い」
 木下さんは、俺の腕をひっぱった。ちゃっかり、奥さんが持ってきたポテチの袋とチョコボールの箱をひっつかんで部屋を出る。
「また来てね、桜田君」
 奥さんはまったく気にしたふうもなく、俺に器用にウインクした。

「帰るんですか」
 車内に逆戻りした俺は、発進した木下さんに尋ねた。
「うん」
「そうですか」
 ちょっとがっかりした。せっかくうちのそばまで迎えに来てくれたのに、もうお別れなんてちょっぴり物足りない。だけど時間も時間だからなあ。
「これから一緒に俺んち行くか。お前の相談にもまだ乗ってねーし」
 あ。うっかり忘れていたけど、それが名目だった。で、俺んちって?
「家ってここじゃないんですか」
 奥さんが俺のことを旦那さんの客だと思ったのは、同居してないゆえの行きちがいか。
「実家は出たよ。あんな環境で生活できるか」
 幸せそうで、それはそれでいいんじゃないかな。だけど毎日となるとおなかいっぱいで胸焼けするものなのかな。
「お前が倒れたときにこっちに来たのは、徒歩圏内だったからだよ。俺のアパートでもよかったんだけど、狭いしな」
「木下さん、一人暮らしなんですか」
「うん」
「結婚してないんですね」
「してねーよ」
「そ。そうですか……」
 俺の様子を横目でちらりと見て、木下さんがにやりとする。
「重大で深刻な悩みごとって、もしかしてそのことだった?」
「なんでですか! ちがいますよっ」
 とんでもない誤解だ。俺はそんなこと全然気にしちゃいなかったのに! マジで、全然かまわなかったのにっ。

20080113
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP