ふるふる図書館


第24話 スイートホームはやっぱりあまい。2



 ほのかにみおぼえのある家に到着した。車庫にはすでに別の車が一台入っていて、木下さんのシビックは路上に停められた。
 俺を先導して、木下さんは自分の苗字の表札が出ている門をくぐり、鍵を開けて、「ただいま」と言った。
「おかえりー」
 若い女性の上機嫌な声が奥から返事した。奥さんだろう。
「上がんな」
 俺は木下さんに用意されたスリッパを履いて、「こんばんは。おじゃまします」と挨拶しながら木下さんの後についてリビングに入った。テレビの音声が漏れ聞こえ、人の気配がする。
「夜分突然すみま」
 そこまで言いかけて。
 視界にとびこんできた光景に絶句して立ちすくんだ。
 ソファに座っていたのは、木下さんの奥さんと、知らない男性。
 奥さんが男性の口許にプリンの載ったスプーンを持っていき、「はいあーん。うふふおいしい?」なんてやっているシーンがまさに展開されていたのだ。
 な、なんだこれ? 浮気現場?
 いや待て待て、介護をしているのかもしれない。でも男性のほうは年のころは俺の親父と同じくらいで、自分でものを食べられないよーにはとうてい見えない。それにこんなに互いに身をすり寄せる介護風景なんてあるんだろうか。
 うわ、どうしよどうしよ。俺の心臓は猛然とバクバク言い出して、顔がうんと火照った。
「あら。いらっしゃい」
 奥さんは俺に向かってにっこり微笑む。すわ修羅場ってときに、なんて度胸が据わっているのか。硬直しきった俺は口をぱくぱくむなしく開閉させた。
「うちに来てた子じゃない。どうかしたの?」
「純情未成年の前で破廉恥なことしてるからだろ。そんなにベタベタイチャイチャと」
「いーじゃないの。新婚ほやほやなんだから」
 むぎゅっとひっつかれた傍らの中年男性も、木下さんに意を唱えた。
「そうだぞ、俊介。息子といえど、人の恋路をじゃまする権利はない」
 木下さんは首をすくめた。
「へいへい。おっしゃるとおり。おじゃま虫は退散しますよ。そんじゃ桜田、俺の部屋に行こ。青少年には目の毒だ。猛毒テトロドトキシンだ。生産した当人には害がないなんてフグみたいなやつらだ」
 俺の肩を押すようにして、階段へと向かった。
「ええとつまり……」
 二階にある木下さんの部屋に入るなり、俺は腕組みしてまとめ作業にかかった。
「今の人は木下さんのご両親、ですか?」
「そ、実の父親とその後妻」
「は、はあ」
 男性は何となく、木下さんに似ていなくもなかった気はするけれど。衝撃が強すぎて顔などさっぱり記憶になかった。
「あの人、若いから俺、てっきり木下さんの奥さんだとばかり。だって、『木下の妻です』なんて言うから」
「んー。やっぱりなあ。夜勤明けだったんだよな、看護師なんだ。俺が来てるの知らなくて、お前のこと親父の客だと思ったんだろな。年若いのがよく来るんだ」
「へ、へえ」
 俺が今朝無断で帰らなければ、とっとと誤解が解けてたんだろーに。

20080113
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