ふるふる図書館


第24話 スイートホームはやっぱりあまい。1



 木下さんが「飲むか」と言って差し出してきたのは、例によってアップルティーだった。
「いただきます」
 俺はペットボトルを開けてひとくち飲み、缶ホルダーに立てかけた。すぐ隣には、木下さんのコーヒーがある。同じ大きさのペットボトルがこうして並ぶと一対のお揃いみたいで、ちょっとこそばゆい。
 そうこうしている間にも、木下さんはたくみなステアリングさばきで、駐車場からスムーズに愛車を出した。そんな様子を見ていたら、
「俺も、免許取りたいな」
 ぽつりとつぶやきが落ちた。
「んん? 夏休みの間、教習所に通えるじゃん。なのにバイトいっぱい入れてるし、そんな気ねーのかと思ってた」
「高校卒業したら、どーなるかわかんないから。バイトできるうちにしておきたくて」
 そう、いつかはこのバイトも辞めるんだ。そう思ったら、俺は少しだけ感傷的になった。
 木下さんとも会えなくなるんだな、家が遠いから街中でばったり出くわす可能性は激しく低いし。エアプランツ巨大化計画、何年かかるか見当もつかねーけど、実現したら写メくらい送ってもいーかな。そのころには俺のことおぼえててくれるだろうか。
「そっかあ。いい子いい子」
 そんな俺のほろ苦い胸のうちも知らず、木下さんは俺の頭に手を伸ばす。
「わっなにすんですかっ。また子供扱いしてっ。それに運転中ですよ危ないでしょ! さっきの電話んときも、ちゃんと停車してたんでしょーね?」
「うん、路肩に停めた」
「ならいいですけど」
 木下さんは相好を崩した。
「お。心配してくれてんだ」
「だって。木下さんにもしものことがあって先立たれたら、悲しむでしょ。大変でしょ。若いのに未亡人になるなんて」
「……お前が?」
「はあ? なんで俺なんですか。奥さんが、です!」
「誰の?」
「話ちゃんと聞いてんですか? どんな脈絡でほかの人の妻が出てくるんですか」
「俺の妻?」
「木下さんの妻です」
 木下さんは、ほんのちょっと黙った。
「今から俺んち来ない?」
「木下さんの家ですか」
「うん。嫁もよろこぶからさ」
 俺の心は、またわずかにきしんだ。俺を叩きのめしたできごとを、いやでも思い出してしまう。
 だけど俺は、木下さんの奥さんと仲よくなりたいと思った。すべて受け入れたいと思った。木下さんの結婚相手。木下さんが伴侶に選んだ人。木下さんを取り巻く、木下さんの世界の、木下さんの人生の一部。だから。

20080113
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP