第22話 ファーストネームはよばれない。2
業務用エレベーターに、偶然谷村さんと乗り合わせたのだ。木下さんと同期の社員で、実直そうで口数も少ないのに木下さんと親しいらしい、奇特な人物だ。
俺は谷村さんとあまり接する機会がなくて、ふたりきりになってちょっと緊張した。と、谷村さんが話しかけてきた。
「桜田君、木下と仲よしなんだって?」
なかよし? りぼんのライバル? じゃなくて。
「えっ。えっ。誰がそう言ってました」
「本人。えらく幸せそうにしてたよ」
俺は内心頭を抱えてふらふらよろめいた。谷村さんはもの柔らかにおだやかに、しかし追及をゆるめない。
「で、どうなの?」
「うーん。どうなんでしょう……」
ちがいますときっぱり断言するのは気の毒かなと、仏心がじゃまをする。さりとて、はいそうですと肯定する気が起きようはずはさらさらなく。俺は真剣にうんうん悩んだ。
「まあ、あいつとうまくやってやってよ。ずいぶんはしゃいで浮かれてたから」
「は、はあ……」
俺には、あの人がわからない。
カウンターのそばにいたら内線電話が鳴ったので、受話器を取った。
「はい、四階カウンター桜田です」
「木下ですー。あのさ、そのへんにアキラいる?」
アキラって、大学生のバイトの山内さんか。
「いないですよ」
「そう、じゃジュンイチは?」
本橋さんのことだよな、同じ大学生の。
「いませんけれど」
「わかった。サンキュ」
電話が切れた。
そういや、木下さんって年下男子を下の名前で呼ぶんだよな。
なのに俺だけ、いつも苗字じゃないか?
そりゃ、たまには「コーキ」って言われるけど。
涼平だって「リョーヘー君」だし。兄貴だって「アズサ」だし。
あれ? あれあれ? どーゆーこと?
実は俺、木下さんによく思われてないんじゃねーのか? 仲よしに見せかけてるのはカモフラージュ?
やっぱり、木下さんがわからない。