ふるふる図書館


第21話 ジェントルネスはかんちがい。3



 進退きわまった上は、正直になるしかない。
「すみません」
「なんだ?」
「聞いちゃったんです。俺のこと、嫌いなんだって」
「は? いつどこで俺がそんなこと言ったよ、何時何分何十秒?」
「今朝。台所で。話してたでしょ。馬鹿はいやだって」
「そっか。聞こえてたのか」
 ふむふむ、とうなずく。まだ腕は解放してくれない。
「そうだな。俺は馬鹿が嫌いだ」
 ぐさっ。面と向かってとどめを刺された。よっぽど俺、嫌われてるらしい。
「つっても、ほんものの馬鹿のことだぞ。自分が馬鹿だと気づかないやつが真の馬鹿。わきまえのある慎み深い馬鹿はいいの。馬鹿な子ほど可愛いって前にも言ったろ」
「だけど。卑屈なやつも嫌いだって」
 矛盾してるじゃないか。それとも俺へのフォローか?
「お前、自分で自分のこと卑屈だって思うのか?」
「すぐに『俺馬鹿だから』ってゆーし」
「どこが卑屈なんだよ。そんなの単なる正しい自己認識じゃん」
 紛れもない馬鹿だと太鼓判を押されたよーで単純によろこびづらい。
「それに、誰かになにかをしてもらうの、妙にへりくだりもせず自然に受けとめてんじゃん。さっすが末っ子体質だな」
「そんな。感謝してるし、お礼も言ってるのに。そんなわがままで礼儀知らずに見えるんですか」
「あはは、見えねーって。飴ちゃん一個あげただけでも全身でうれしがるじゃねーか。こんなに素直で純朴な子がなんで卑屈なんだ?」
 完膚なきまでのお子ちゃまだとお墨付きをいただいたよーで単純によろこびづらい。
「だからね、お前のことが嫌いだなんて、俺はひとっことも言っちゃいねーよ?」
 なら、いいんだ。百パーセントの満足じゃねーけど。どっかひっかかるけど。いいんだ。嫌われてないのがわかっただけで。
「もしかして、それで帰っちゃったの、桜田君は。傷ついちゃった?」
「えっ、ちがっ、ちがいますよ! 用があるってメモ残しておいたでしょ!」
「うんうんそーね。あったあった」
 にやにやする木下さん。からかいの色がありあり浮かんでる。
 くそっ、超ムカツク!
 いい人だなんて一瞬でも思って損した!
 木下さんの両腕がいきなり俺の体に巻きついて、俺はびっくりしてじたばたした。売場じゃなければぎゃんぎゃんやかましくわめいているとこだ。
「離してくださいよっ、このセクハラサラリーマン!」
「あれ、嫌いなやつでもわけへだてなく接してくれる優しくて親切で誠実な人じゃなかったの、木下さんは」
「ちがうっ。やっぱこーゆー本性なんだアンタは! 気づいてよかったあーよかった、ほっとした」
「ふうん。今の説明取り消そうかなあ。はい撤回。俺はお前が嫌い。馬鹿で卑屈で救いようがない」
 俺はぎくりとして抵抗をやめてしまった。
「え。うそ」
「うん。うっそー♪」
 語尾に音符をつけて言いやがった!
 ああ、もーやだっ。俺はまた、こうして木下さんに翻弄される日々を送るんだ。さっきまでのあの穏やかでなごやかな心の平安を返せ!
 悔しさにほっぺたが熱く火照ってくる。その赤面を目ざとく察して、愉快に解釈してみせる木下さん。
「そんなに照れんな」
「照れてないからっ!」
 涼平がまたためいきをついた。そりゃ呆れるよなこんな所業を見せられりゃ。涼平の幸せが逃げたら木下さんのせいだかんなっ。
「なんともフクザツ……誤解がとけてよかったのか悪かったのか。しかし、アタックチャンスに気づけなかったなんて痛恨の極みだなあ」
 アタックチャンス? 児玉清が握りこぶし作ってたのかな?

20071103
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