第19話 スイートホームにおうかがい。3
床に座っていた木下さんが立ち上がり、ドアに向かった。
「そろそろ朝飯にするか。食欲はあるんだろ?」
「え、俺やります。面倒かけたお詫びに」
俺はあわててベッドを飛び出し背中に追いすがった。万一毒でも盛られたらかなわんから必死だ。
「はは、いいよいいよ、客は客らしくしてな」
「いや、ほんとに、悪いですから」
木下さんが穏やかに親切になればなるほど、迫り来る身の危険をひしひし感じる。
「つくづくヨメ属性だな。お前の手料理はそのうち食わせてもらうよ、約束したもんな。シャワーでも浴びてこいよ、汗かいたろ」
木下さんは俺をバスルームに案内した。
「シャンプーとかボディソープとか、遠慮せず好きなの使っていいからな。あ、ついでに服もパンツも洗濯しとくか。また同じの着るのは気持ち悪いだろ、パンツは特に。すぐ乾くから。着替えは俺の貸すよ。いやバスローブでいっか」
湯の温度調節からボディソープやシャンプー、ドライヤー、洗濯機の使い方まで説明してくれて、バスローブやタオルを用意してくれる、口と手をとどめることない甲斐甲斐しい木下さんを前にして、俺はますます背中にびっしり冷や汗かいた。
身ぐるみはがれてパンツまで人質(モノ質?)にとられてバスローブ一丁にされちゃ、逃げることもできなくなるじゃんか。
「じゃな。俺はメシの支度してくる。さっぱりしてこい。ゆっくりしてっていいぞ」
ふんふんと鼻歌まじりに木下さんが出て行くと、俺は頭を抱えてしまった。
「どうしよう。逃げるなら今だけど……」
悩んでいるうち尿意をもよおしてきた。これでは妙案も浮かばない。トイレで用を足し、洗面所で手を洗った。
「あら」
声に振り返ると、そこには知らない女性がいた。てっきり木下さんとふたりきりだと思いこんでいた俺は、とっさに状況が飲みこめなかった。
「おはようございます」
俺が挨拶すると、女性もにっこり返してくれた。髪をおだんごにまとめた、二十代くらいの若い人だ。木下さんのご家族かな。姉妹?
いっつもぺらぺらしゃべるくせして、木下さんはプライベートを話さない。文字どおりの無駄口だ。木下さんの私生活を俺はまったく知らない。まだ新しそうな一軒家に住んでることさえ今朝わかったばかりだ。
オーソドックスな会話を続けてみる。
「木下さんには、いつもお世話になってます」
「いえこちらこそシュジンが」
へ? 主人って。召使いかメイドさんか?
「あの。失礼ですけど木下さんの……?」
「ツマです」
俺はじっと目の前の女性を見た。
人間だ。海草や、ミョウガダケや、せん切り大根には見えない。
ひるがえって、木下さんは、どう考えても、人間だ。刺身ではない。
てことは。
ツマって。
妻?
つまああああ?!