ふるふる図書館


第19話 スイートホームにおうかがい。2



「あの。ここは」
 レースのカーテンごしに朝の光が差しこんで、床に積まれた本の山を照らしていた。空調が効いているのか、室内は暑さも湿気もなくさわやかだ。
「ん、俺んち。それは俺のベッド」
「あっ」
 俺はどぱっと勢いよく赤面した。木下さんがいつも寝ているふとんに、匂いをかいだり、猫みたいにごろごろすりすり体をこすりつけたりしてたんだ。うわあ俺そーとーやばい。
「なにを真っ赤になってんだ、俺が一緒に寝たかと思ったのか?」
「えっ」
 そうか、眠ってる間になにかされることもありうるのか。その可能性に気づかなかった。俺は焦りまくって着ているものをチェックした。昨日と同じ身なりだ。別段乱れたところもない、と安心したのも束の間。
「わっ」
 ベルトがない。ジーンズの前のボタンもはずれてる。
「あー、それは、苦しそうだから取った。さっきからおもしろいなあお前は」
 けらけらと木下さんが笑った。
「ついでに、なくさないようにあれもはずしておいたぞ」
 ベッドサイドのガラステーブルに載せられた俺のイヤーカフがきらりと光っていた。
「リョーヘー君の言うとおり、ちゃーんと消毒もしときました」
「ええっ」
「唾液でね、なーんちゃって」
 昨日のことを思い出して、俺の頬がふたたび湯だった。顔をそむけて水をがぶがぶ飲む。
「そうだ、お前の家には連絡入れといたぞ。アズサに電話した。両親にはうまく言っておくって。アズサから話がいくなら安心だってさ」
 桜田家では珍しくもないことだ。子供のときならいざ知らず、髪の色も自然のままでピアスもあけず、行いも装いも慎ましやかな俺より、なんで金髪長髪ピアスだらけに大変身までした兄貴のほうがいまだに信用されてんだ。
 まあとりあえず。礼は言おう。
「いろいろ迷惑かけて、すみませんでした」
「もとはといえば、俺のせいだから。俺こそ悪かった」
「ごめんなさい」
「今度はなんだ」
「なにか、変なことしたり言ったりしたかも知れないから、謝っておきます」
 木下さんは呆れたようにためいきついた。
「ほんとに、おぼえてないんだ。ま、予想はしてたけどな。記憶があったら、とてもじゃないけどそんな平然としてらんないもんな」
「えっ?」
「うーむ、やっぱりタクシーにすべきだったか。でもなあ、あんな千載一遇の機会をみすみすフイにすんのもったいなかったしなあ」
 もったいない? タクシー代が心配だったのか。こんないい家住んでんのに。いや、かえって月々のローンの返済に追われてんのか。
 あ、昨日の夕食代払ってない、清算しなきゃ。と考える俺をよそに木下さん、またもや小さく吐息する。
「俺におぶわれてるときに、ああいう言動か。お前、天性の策士だよ。耳元であんなこと言われたって、手を出すことはおろか、顔を見ることさえもできやしなかったなんてな。くそう」
 手を出すって。殴られるほどの失言をしたんだろうか? いったいどんな地雷を踏んじまったんだ昨夜の俺よ。
 そういえば、木下さんにうそつかれたことがあったっけな。酔って木下さんに抱きついたりしなだれかかったりおかしなこと口走ったりしたとかって、俺をだましたんだ。
 そりゃないない、天地がひっくりかえってもありえねー。いくらアルコールが入ったって、俺がそんなことするわけねーじゃねーか。
 そんじゃ、なにやらかしたんだろ。ううー、想像つかねえ。

200710121
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