ふるふる図書館


第19話 スイートホームにおうかがい。1



 考えてみたら俺は、小さいころから人に積極的に甘えたことがない。
 頭も顔も出来のいい兄貴は、大人たちに期待されてちやほやされて、スポットライトに照らされて、きらびやかで華やかな人生を歩んできた。その陰で、俺はわがままなんてひとつも言わないで、十八年間、地味に地道に生きてきたんだ。
 だけど俺だって。甘えてなにかねだったりしたい、たまには。ささやかな、切なる願いを叶えたい。
「のど、かわいた……水飲みたい。持ってきて……」
 む。誰も来ない。
「ねえー、水ちょうだい。みーずー!」
 むむ。こたえる気配なし。こうなったら名前を呼ばなきゃ。
「木下さん……起きらんないよぅ……」
 むむむ。音沙汰なしかよ。でも負けないっ。おねだりをパワーアップさせちゃうぞ。
「呼んでるんだよお、ねー俊介さん。早くしてえ、お願い。来てくんなきゃやだあー。俊介さんたらあ」

 俺は、いい香りがするシーツとタオルケットにくるまれていた。うちの柔軟剤とはちがう匂いだ。肌触りもよくて、こころよさに体をもぞもぞさせてみた。
「おはよ」
 木下さんの声が聞こえた。夢に木下さんが出てきた気がする。これ、続きかな?
 俺はそっと目をあけた。木下さんの姿が見えた。あれ、消えない。ほんもの?
「おはようございます」
 夢だろうが幻だろうが実体だろうが、挨拶は欠かさないのが俺の律儀なところだ。
「ほら、水」
「あ、ありがとうございます。よく、わかりましたね。水飲みたかったんです」
 ラフな部屋着の木下さんは、エビアンのペットボトルのふたを開けてくれながら肩と手をこきざみに震わせた。笑ってる。
「お前が俺のこと呼んだんだぞ、水持って来いって」
「うそ。そんなこと言ったんですか……。すみません」
「お前って寝ぼけてるとすこぶる大胆だよなあ。寝言は静かに言えよ恥ずかしい」
 体を起こして冷たい水を受け取った俺の髪を、指で直してくれた。
「上司をあごで使うようなこと言いつけちゃいました?」
「まったくな、俺にも我慢の限界ってもんがあるぞ。これ以上俺を刺激すると、どうなるかわからんぞ?」
 不穏かつ剣呑なことをしみじみつぶやく。しかしなんとなくゴキゲンにも見える。底意が読めない。気味が悪い。
「気分はどうだ? 頭痛したり、むかむかしたりしないか?」
「ああ、えっと、すっきりしてます。よく寝たせいかな」
 しまった、正直に答えてもうた。体調のすぐれないガキはやらないっつーせめてもの仏心だったのかもしんないのに!
 ん? やる? なにを?
 ああ、「殺る」か納得。いや、納得してる場合じゃねえ。

200710121
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP