ふるふる図書館


第18話 ウーロンハイとよっぱらい。3



 飲酒がばれないようにして外に出た、らしい。そのあたりの記憶はあいまいだ。
「おんぶとお姫さま抱っこ、どっちがいい?」
 と聞かれて、おんぶとこたえたのは記憶にある。
 そんなわけで、気づいたら俺は木下さんに背負われて見知らぬ夜道にいた。まだ意識がぼんやりするわ、体はけだるいわ、置かれた状況が非日常だわで、現実感がちっとも伴ってこない。
「目がさめたのか? 寝てていいよ」
「よだれが服にたれちゃう……。いっちょうら、なのに」
 俺の声音もまだ舌足らずでおぼつかない。完全に酔っぱらいと化している。
「はは。ご心配なく、ごちょうらくらいはありますよ。それなりに稼いでるサラリーマンだからな」
「ふにゃ。誕生祝いにファミレスだったり、今タクシー使わなかったり、してるよ? そんなに、車のローン、厳しいんですか?」
「あはは。高級料理店のほうがよかったか?」
「んー。ほんとは、ファミレスがよかったのかなあ……飲み物もいっぱい飲めたし、それにね。木下さんとふたりでずっと一緒に長居できたから」
「タクシーのほうがいいか?」
「んんー。……ううん、こっちのほうがいいー」
 俺は木下さんの肩に頬を押しつけた。揺れとぬくもりに落ち着いて、また心地よい眠気がやってきた。どこもかしこもふわふわする。なんだか幸せだ。心配ごとのかけらすらも持ってなかったガキのころを思い出す。木下さんの首筋に鼻をくっつけたら、木下さんの匂いがした。
「すいません、重いでしょ?」
 木下さんも大柄じゃない。俺をお姫さま抱っこなんかしたら、腰がいかれそうだ。
「平気だよ。書店勤務で鍛えられてますから」
「遠いんですか? こんな大荷物抱えてたら、途中でボーカンにおそわれちゃうかも」
 木下さんは、ひと気のない小道ばかりを歩いてるようだった。人目をはばかってくれてるのかな。車を運転するから、裏道とか抜け道には詳しいのかな?
「あ、もしかして、ものすごーく強かったり、する?」
「腕におぼえはねーなあ。だから舌先三寸で敵を丸めこむ技を磨いたんだ」
「へえー。変なのお」
 足をばたばたさせながら、くすくす笑ってしまった。
「暴力に拠らず解決できるんなら、それに越したことないだろ。そんな守られ方でいいなら、いくらでもお前を守ってやるよ」
「はい。頼りにしてます。守ってくださいね」
 俺はなかなか笑いやめないながらも、木下さんにきゅーっとしがみついた。木下さんも笑い出して、小さい子供を遊ばすパパみたいにその場でくるくるまわり出した。
「あはははは、目がまわる、わあー、あっあっ、ちょっと、駄目、きも、気持ち悪くなるっ」
 木下さんはぴたっと停止した。背中で俺に吐かれたら一大事だ。
「ねーえ、きのしたさん。なんでいつも、俺のこと、いじめるの?」
「ん?」
「俺だってね、きのしたさんのこと、泣かせてみたい……」
「ふうん? できんの? どうやって?」
 俺はしばらく考えた。むむー、どうしたらいいんだろ。皆目見当もつかなかった。脳細胞をこき使うと、さらに頭が朦朧としてくる。
「うーん。わかんない。わかりません。泣かせ方、教えてください……」
 率直に教えを請うた。素直さは俺の数少ない美点だ。なのに木下さんたら、派手に盛大に吹き出した。俺がいなければ腹を抱えてころがっているんじゃないかってイキオイだ。余波でゆさゆさ揺さぶられた。
「あっははははは。お前ねー。手取り足取り腰を取り懇切丁寧にねちねちねちねちベッドの中で教わる羽目になってもいいの?」
「……んー? うん。がんばります……」
「まったくお前は、ほんとにもう、」
 そこで俺は意識を睡魔に完全に奪われて、木下さんがどう言葉を続けたのかを聞きそこねたのだった。

20071014
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