ふるふる図書館


第18話 ウーロンハイとよっぱらい。1



 喫茶店「ハーツイーズ」を出たころには外がだいぶ暗くなっていたので、三人で早めの夕飯をとることにした。
 電車に乗り、飲食店が軒を連ねる大きめの駅で降りた。木下チョイスはファミレスだった。俺の予想はどんぴしゃりだ。
「木下さん、今日は車じゃないんでしょ。はい」
 メニューの酒のページをひらいてやった。今回の席順は、俺の隣が木下さん、向かいが涼平だ。
「お、サンキュ。未成年もいることだし、軽めにしとくわ」
 飲み物を、俺と涼平はドリンクバー、木下さんはウーロンハイに決めた。食べ物をどれにしようか考えていると、涼平が尋ねた。
「コウちゃんて、料理するくらいだから舌肥えてるんじゃないの?」
「ファミレスを選んだ俺にけんか売ってる?」
 木下さんがフルパワーのにこやかさで涼平に笑いかける。
「かまわないよファミレスで」
 俺が応じると、
「ほーらみろ。いい子だなあいい子だなあ桜田君は」
 木下さんがここぞとばかりに俺をいじりまわした。「ハーツイーズ」では割とおとなしくしてたもんだからだまされた。見場が変われど中身は同じ。服装がそれなりでも、やっぱ木下さんは木下さんだ。俺は妙に安心した。
 だからといって、おちょくられるのは勘弁だけどなあ! むすーっ。

「木下さん、昼間はあまりしゃべりませんでしたね」
 そのあたりのことを、ハンバーグのつけあわせをつつきながらつっこんでみたが、返ってきたのはけげんなリアクション。
「そーか? ふつうだろ」
 いいかげん己を知れよ。初対面の年上ごときで臆したり人見知りしたりするような木下さんじゃないはずだ。
「いつももっと口数多いじゃないですか。今日は寡黙の部類に入りましたよ。世を忍ぶ仮の姿だったんすか。実はもっとうるさ、あいや、賑やかなくせに」
「お前といるとき、だろそれは」
「他の人とではちがうんですか?」
 全身全霊で不信感をあらわにして問いただした。取るに足らないくだらないことを俺にだけ延々語ってるのだとしたら、あまりにも俺が不憫だ。
「涼平、どーなのそこんとこ」
「うーん。俺は木下さんとふたりになったことないから」
「わかった。明日から、木下さんを物陰からウォッチングすることにする。夏休みの研究課題。木下さん観察日記」
「観察対象とするなら、お前のほうがおもしろいよ断トツぶっちぎりで。栄光のトップランナーだぞ」
「どこがですかっ」
「くびになるんじゃねーかとおびえて泣いてたのはどこのどなたでしたかしら?」
 ううっ。
 木下さんは、ぐっと体を寄せて俺の目をのぞきこんだ。近い、近すぎる。それだけで理性が息絶え絶えになるのに、さらに追い討ちをかけてきた。
「お前って、俺の言うことをいつもそんなに真剣に受け止めてんの?」
「やっ、そんなっ、ちが、木下さんのだけじゃないですっ。俺はどうせ、なんでもかんでも真に受ける馬鹿ですもん」
 手に手を取って逃避行した平常と冷静は戻ってこない。そのかわり、動揺と狼狽が手を取り合って踊りまわってる。
 砂を盛って作った山に棒を一本立てる。ふもとから砂をすくうごとに棒は足場をなくしてやがて倒れる。そんなゲームがあったっけ。俺の心は砂の山。俺の意識はそこに立てられた棒。木下さんの台詞は、ひと声ひと声が砂をすくう手だ。持っていかれる。根こそぎ。棒は頼りなくぐらぐらして倒れそう。
 俺は形勢を立て直そうと、あわててポテトを口に放りこんでもぐもぐ咀嚼して、飲みこんだ。
「……ひくっ」
「ん?」
 しまった。水気のないじゃがいものかたまりを食べると、俺は必ずしゃっくりが出るんだった。皮つきのフライドポテトとか、粉吹きいもとか、確実にのどにつまる。
「ひっ、ひっく」
「んん? 何の音?」
 白々しくそらっとぼけてみせた木下さんは、残っていたじゃがいもをやおらフォークで刺した。
「ほれ、もう一個食いなよ。あーんして。あーん」
 苦しいのと、しゃっくりが恥ずかしいのと、親子か恋人どうしみたいな態度が照れくさいのとで、俺はかーっと首まで火照ってしまった。
 もう無理、ギブアップ!
 俺はグラスをつかんで夢中でごくごく飲んだ。
「あっ、そっちじゃない」
 うわっ不味い! これ俺の爽健美茶じゃなくて木下さんのウーロンハイだ! うわあ、口つけちゃった。いや焦るところはそこじゃねえ!

20071014
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