ふるふる図書館


第17話 サンセットをながめたい。2



 クールビューティの名前はレイというのか。どういう字をあてるんだろう。「冷」でも「麗」でもふさわしいけど。「礼」とかはなさげだ。
 呼びかけられて、レイさんはようやく視線を移動させた。それでも指は休まず途切れず、かたかたタイピングを続けてる。ずいぶん器用だな。な、なんだかかっこいいぞ。
「言っただろ、桜田君はいい子だって。いじめたら駄目だぞ。おやつあげないぞ」
 エプロンの腰に両手を当てて七瀬さんがレイさんを叱りつける。「めっ」とか言わんばかりだ。こんなんで期待できんのか、効果を。
「おやつはもらう」
 へ? てきめん?
「よろしい」
 七瀬さんがゼリーをレイさんの前にも置いた。手懐けてる? 餌づけ?
「ほらね。安心だよ、桜田君」
「だいたいな、知世。お前がいい子だいい子だってやたらエキサイトして聞き苦しいくらいほめちぎっていたのが原因だろうが」
「なに聞き苦しいって」
「そのまんまだ」
 三十代の日本人男子が下の名前で呼び合うなんて、俺には見慣れない光景だ。なるほど、身内か、子供のころから知ってるほど付き合い長いかなんだろうな。恋人どうしでもあるまいし。
「ふうん」
 木下さんが満面の笑みで俺に話しかけてきた。
「お前がここでバイトしてもかまわんぞ、別に。ねー、リョーヘー君?」
「ん、まあ、そうですね。いや、コウちゃんには酷かも知れない」
「なんだよなんだよ、今さら。しかも涼平、意味わかんねーよそれ」
 俺の抗議を華麗にスルーして、木下さんは「ふむ。ナナセトモヨさんね」とつぶやいた。
「聞いたことのある名前だな。うちの店のどこかにあった。たぶん五階の右端」
「えっ、そうなんですか」
 流されたと思いつつも、あっさり俺は食いついた。そこは演劇関係のエリアだ。しかしあの膨大な量の本の中からよく思い出せるなあ。
「ってことは、あの片割れは……ふうん。こんな身近にいたとは驚きだな」
「すごい人なんですか」
 さっそく後で調べなくっちゃ。
「まーね。でもパスカルほど有名じゃねーから。心配すんな」
 俺たちの会話は、いつの間にやらけんかを始めたふたりの耳には届かないようだった。
 なんだか、夫婦げんかみたいだな。いや、よくないよくない。こんな発想、なにかに毒されてるとしか思えん。デトックス、デトックス。
 儚くも美しい夏の夕焼けそのものの菓子を口に運んで、俺は心の浄化に励んだ。

20071013
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