第17話 サンセットをながめたい。1
品を並べ終えていったん下がった七瀬さんがいそいそとやってきた。
「ほら、桜田君が言っていた例のあれ、作ってみたんです」
夏の夕空をみごとに再現したゼリーが、ガラスの器に涼しげに盛られている。イメージどおりの仕上がりに俺はついつい興奮した。
「ああそうだ、この中に鳥が飛んでたらおもしろそう」
「いいね、あ、水族館みたいなのもいいかも。魚がいろいろ泳いでいたらどう?」
「おお!」
七瀬さんとふたり、えらく盛り上がってしまった。
ふと正面を見ると、木下さんが無言で、器の中の小さな夕焼けにじっと視線を落としていた。
あ。俺とこの人、今、同じ空を見てる。
そう思っただけで、なんだか胸の奥がざわざわもぞもぞして、くすぐったい気分になった。
「これって商品化されるんです?」
木下さんが七瀬さんに尋ねたときは、いつもの表情に戻っていた。
「そうですね。試作品の段階なんだけど、どうしよう。桜田君のご意見は?」
俺はひとくち食べてみた。
「うま! うまいですよこれ甘酸っぱくて。いいですよ、よかったら商品にしてください」
大事な人と一緒に食べて幸せ気分を味わってほしいなあ。名前は「夏の恋人の夕空ゼリー」とかどうだろう、あ、そんな名前にしたら恥ずかしくて注文できない客もいるかもしんない、つか俺の思考のほうがよっぽどこっ恥ずかしいぞ、うわあ、俺ってそんなにロマンチストな夢見る夢子ちゃんだったのか? 目をさませ、正気になれ、俺はそんな人間じゃないはずだ!
「アルバイトの話、どうしますか? もちろん、働いてくれれば嬉しいけれど、無理は言いたくないし。だけど、うちの店員じゃないのにアイディアだけいただくのは申し訳ないから」
「ああいえ、アイディアのことはいいんです。ちゃんと形にしてもらえて、俺のほうがありがたいくらいで」
十歳以上年下の、俺みたいなガキにそこまで気を遣ってくれて、七瀬さんはやっぱりいい人だ。木下さんも見習えばいーのに。
「俺、本当にここで働きたいです。でも、今やってるバイトが中途半端になっちゃうから……」
七瀬さんはふわっと笑った。
「そう、だったら保留ということにしましょう。もしその気になったらいつでも言ってね。よかったら、また遊びに来てくださいね」
「はい」
微笑みひとつで俺は簡単にどこまでも天高く舞い上がる。もしかして、ここでバイトしなくて正解かも。こんなんじゃ、とてもじゃないけど仕事になんない。
と、俺の顔がこわばった。ここに来たら、またあの人に会っちゃうかも。
こわごわ、奥に視線を向けた。相変わらずパソコンで作業している。横顔を向けて知らんぷりして、こちらをちらりとも見ない。
「大丈夫、あいつは危害加えないから」
よくわかっているような口ぶりだ。身内と説明されたが、親戚? というにはあまりに似てなさすぎる。
「お友達、なんですか?」
俺が問うと、「うーんまあ。どうかなあ」と首をかしげた。
「付き合いは長いけれど。ねえ、レイ」
うわ、そっちに話を振んなくていいのにっ。