ふるふる図書館


第16話 ラバウルとはわかれがたい。3



「いやはや。桜田は、ほんとに飽きないおいしさだな。白米だ」
「……は。はくまい?」
 まる一日半、こんなに苦悩と煩悶を強いておきながら、言うに事欠いて俺をコメだと? 精米だと? 精白米だと?
「食ったら幸せになるだろ。心ゆくまでむさぼり食いたい。毎日でもいい」
「なにそれ……」
「こんなに遊びごたえがあるとますます手放せませんなあ、つーこと。くびにする気なんかさらさらねーよ、最初っから。お前をいじめていじってからかっていびってなぶって焦らしてもてあそんで慰みものにして悩ませて困らせて怒らせて泣かせてそれを愛でるのが楽しいのにさ、自分から手放してどーすんだよ」
 にんまりと勝ち誇った笑みが、不覚にも涙でぼんやりにじむ。怒ればいいのかよろこべばいいのかわけわかんない。
 あほ、何悩んでんだ、怒るところに決まってる、マゾじゃねーんだから。いや待て、怒ったら相手の思う壺だ。だからといってよろこんだらやっぱり思う壺じゃねーかよ。
 ああもう、頭がパンクしそうだ。パニックだ。すわバーストだ。また知恵熱出そうっ。思考回路はショート寸前だけど今すぐ会いたくないっ!
「うわああん涼平、木下さんがいじめるー」
 思い余って涼平に泣きついた。
 意地悪だ極悪非道だ外道だサディストだ。なんで俺、よりにもよってそんな人のことを……。
 へ? そんな人のことを俺はなんだって? どんな単語を結びつけようとしたんだ。だいたい、俺の理想からかけ離れまくってんだろ!
 うわ、おかしい。変だ。異常だ。正気の沙汰じゃないっ。混乱しきって、涼平にぎゅうぎゅうしがみついた。涼平はいい香りがして落ち着く。どーぶつか俺は、と律儀にも自分へのツッコミは忘れない。
 七瀬さんの声が降ってきた。
「どうしたの」
「お気になさらず。疳の虫です」
「ちきしょう辞めてやる本屋なんてっ」
「あっれえ? 肩もみでもおさんどんでも三助でもやりますからおそばに置いてくださいって懇願したばかりだろ?」
「べっ別に木下さんのそばに置いてくれなんて頼んでないっ」
「男子に二言はないってことは、二言があるお前はやっぱり」
「ちがわい!」
 ヨメでもコメでもねえよっ!
「桜田。おーい。コーキ」
 木下さんに名前を呼ばれてのろのろ顔を上げると、あの独特な色の瞳が待ち構えていて、俺の目を射抜いた。
 ……あ。
 七瀬さんのに似てるんだ、この色合いが。それで七瀬さんにドギマギしたってこと? そうなのか? 認めたくないけどはなはだ不本意だけどまことに遺憾だけど万々が一それが事実なら、決して気づきたくなかった!
 七瀬さんがお盆を手にしたままずっと立っているのに気づいて、俺はあわてた。
「すみません待たせてしまって。お茶、いただきますっ」
「いえいえ。お気遣いありがとう」
「リョーヘー君とくっついてたら、お茶飲めないぞ」
 涼平はにこりと笑う。
「あれ、やってみないとわかりませんよ?」
「悪い、涼平。暑苦しいことして」
「それなら今度は服を着ないでこころみる?」
 ……なんか、涼平の冗談がいかれてる。木下さんの影響か? それとも対抗意識?
 痴れ言対決なんかしなくていーよ涼平らしくない。涼平まで正気じゃなくなったら、俺の心の拠りどころはどうなるんだ。
 せめて涼平だけは、俺をマットウな世界にとどめてくれよ頼むから。

20071006
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